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2008年03月02日

俳優 藤原竜也に聞く
BOUT NO .6

本紙発行人がNYで出会った人達とストリートファイト"対談"!

藤原竜也
 先月始め、ワシントンDCのジョン・F・ケネディセンターで、主演舞台「身毒丸」(演出・蜷川幸雄)の米国公演を成功させた俳優・藤原竜也さん。字幕なしの日本語公演だったが、カーテンコールでスタンディングオベーションを受けた。また、千秋楽公演には日本から500人のファンが駆けつけるなど日本からも注目を得た。千秋楽公演直前、楽屋でお話をうかがった。

「Japan! culture+hyperculture」
DCで魅せた「身毒丸」

藤原竜也  - 今日の千秋楽を控えて、今の率直な気持ちを聞かせて下さい。

 藤原 まずは純粋にこの作品を再演できて嬉しいという気持ちでいっぱいです。あとは、僕がロンドンで(この作品で)デビューしたのがちょうど今から10年前だったんですね。その後、ファイナルという形をとったんですが、今回このケネディーセンターから招待されて再演という形になりました。普段観ることができないようなお客さんが観てくれるし、ここアメリカで演じる意味を考えると幸せだなと実感します。

 - この「身毒丸」を演るのは実に6年ぶりという事ですが。

 藤原 やっぱり、懐かしいです。自分はこの作品でデビューして、この作品で蜷川さんと出会えて、もしこの作品がなければ今の自分は絶対ないと思うし、この作品があって初めて芝居というものを真剣に考えるようになりましたから。やはり蜷川さんの演出は台詞も綺麗だし舞台自体の完成度も高いですよね。今の日本人が忘れかけている時代背景ですし。だから演じていて楽しいです、この世界観の中で演じるという事は。楽しいだけでなくこんなに大変だったかなっていうくらい大変ですけど。(笑)

 - とても思い入れのある作品だと思いますがデビュー時と今回と演じていく上でご自身の中の変化はありましたか。

 藤原 10年前のデビューの時は本当に何もわからないまま演劇という世界に入りましたから。蜷川さんに言われるままというか。台詞から息継ぎ、発声や動きなどただ、本当に言われるがままやっていました。それがやはり今はこう、一直線に演じるのではなく、どこかいい意味で抜いた方がいい場所がわかってきたり、すごくシャープになりましたね。それにより作品全体が引き締まったと思えるようになってます。

藤原竜也  - 日本、ロンドン、ニューヨーク、そして今回はワシントンDCと様々な場所で公演をされてきました。地域によってのお客さんの反応の違いは舞台から見てわかりますか。

 藤原 全く違いますね。例えばイギリスだと蜷川さんの絶対的な知名度もありますし、ニューヨークだと三島由紀夫と蜷川さん(の比較)としてお客の食いつきもすごくいい。ただ、この「身毒丸」という作品は場面場面の飛躍が大きいので、日本人でも難しく感じる時もあると思うんです。特に今回は(英語の)字幕もないしアメリカの方々がどこまで理解してくれるかは少し不安ですけどね。

 - 演じるときに日本の役者としてアメリカ人の観客を魅了したい、という気持ちはありますか?

 藤原 やっぱりまだまだ日本の演劇という文化は世界に知られてないと思うんですよね。野田秀樹さんや中村勘三郎さんは(世界の)第一線で活躍されてますけど、自分としてはもっともっと世界に広く浸透させたい、そう思ってるんです。今回も3、4日でなくて可能であればもう少し何週間かやってみたかったくらいですね。実は僕個人でいうと特にアメリカでやるという事に意識はないんです。ただこういう小さな空間でやはり国境を超えてプレイする事によりこの国の人達とコミュニケーションをとる事ができる。それ自体が素晴らしい事なんじゃないかなあって思います。その機会をくれた劇場にも感謝しなければいけないと思うし、“つながり”が面白いですからね、だからこそ1カ月くらいやってみたかったんですけど。

 - ロンドンで腰痛を抱えて演技されたりと、いろいろ大変なことも多かったと訊きますが。

  藤原 そのときは15歳でしたからね。サッカーしか知らない、演劇の世界も知らない人間がポンって海外の舞台で立つ機会をいただいて、無意識にも考えるものが大きかったというところはありますね。何でも演劇の仕事って大変だと思うんです。でもやっぱり、ケネディーセンターの初日を迎えて、久々に、舞台って本当にいいなというか、自分は好きだなあと思ったんですよね。そして(自分は)戦っているんだなぁと。これからもここ(舞台)が自分の戦いの場所であって、一番好きで、ずっとここでやってくんだろうなあというのを初日に感じたんです。すごくいい経験だったんですよね。やっぱり最前列に外国の方が座っているとね、ちょっと違和感はあるものの僕らは慣れていないから、面白いです。いい緊張感が生まれますよね。

藤原竜也  - 最後にニューヨークの読者にメッセージをお願いします。

 藤原 僕の初めての海外旅行がニューヨークだったんですね。16歳くらいの時だったかな、毎日1ドルのホットドックでミュージカルをいっぱい観て。それまではミュージカルというより、芝居自体に対して感動するなんて頭になかったんですよ。ただどんなものなんだろうって覗いたのが「ジキルとハイド」だったかな、気付いたらボロボロ泣いてたんですね。やっぱり本場のものはこんなにいいんだって感動した思い出があります。だから僕にとってはニューヨークは特別な街ですね。大好きな街って書いといて下さい(笑)

インタビューを終えて

 今回はあえて字幕なしでの上演。インタビューの中で本人も語っていたように、はたしてアメリカ人に理解できるのかどうか、心配な点はあったはずでした。フタを開けてみると上演後はスタンディングオベーションの嵐。日本でもかなりの話題をよびました。倒錯的なエロチシズム、陰鬱な時代背景、そこに加わる主人公、身毒丸の苦悩。舞台は優雅で退廃的な視覚効果をもたらし、この完璧なまでの蜷川ワールドの主人公をつとめられるのは彼だけなのでは。そう思わせてくれるほどの迫力の演技でした。そうかと思えばドレッシングルームではとても気さくに答えてくれて、このギャップに女性は参ってしまうんだなと、納得させられました。

藤原竜也(ふじわら たつや)

職業:俳優
 1982年、埼玉生まれ。97年「身毒丸」(蜷川幸雄演出)で初舞台を踏む。以後多くの蜷川演出舞台に出演。また野田秀樹演出「オイル」、グレゴリー・ドーラン演出「ヴェニスの商人」などの舞台や、映像でも活躍しており、金子修介監督「デスノート」は大ヒットを記録した。第38回紀伊國屋演劇賞個人賞(2004年)、第3回朝日舞台芸術賞寺山修司賞(2004年)、第11回読売演劇賞優秀男優賞・杉村春子賞(2004年)など、数々の賞を受賞している。


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