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2008年05月25日
歌手 加藤登紀子に聞く
BOUT NO .8
本紙発行人がNYで出会った人達とストリートファイト"対談"!
歌手活動と共に、地球環境問題にも積極的に取り組み、1997年、WWFジャパン(世界自然保護基金日本委員会)評議員に就任した歌手の加藤登紀子さん。2000年10月にはUNEP(国連環境計画)親善大使に任命された。アジアやオセアニア各地を精力的に訪れ、自らの目で見た自然環境の現状を広く伝えるほか、音楽を通じた交流を重ねている。2008年4月、国連総会議場にてUNEP親善大使としての活動報告とライブを行った。今回は、ライブ前の加藤さんにお話を伺った。
UNEPの親善大使として
2008年4月25日 国連本部・総会議場にてコンサート
心に響く歌を届けたい
- 本番直前にお時間を取って頂きありがとうございます。
加藤 そんな堅苦しくなさらなくて結構ですよ(にっこり)。
- 今日のコンサートで伝えたいメッセージは何でしょう?
加藤 メッセージよりもまず、楽しんでほしいですね。音楽ですから。音楽の良さを伝えたいし心に響く歌を届けたいと思っています。
- UNEPの親善大使としての活動報告もされるとか。
加藤 2000年の10月にUNEPの親善大使に就任致しまして、そこから約8年間で12カ国に行きました。国によって抱えている問題はそれぞれですがやはり地球規模では急速に環境問題に突き当たっている事を実感致します。先進国というのは主に近代化された国の事を言うんですけれど、環境に正しい生き方、環境とバランスの取れた生き方という意味では途上国の方々の方がたくさんの知恵に支えられてきたと思いますね。
- その思いは今回のコンサートに影響されていますか。
加藤 この(親善大使としての)経験により、音楽というものはどこの国も素晴らしいと実感する事が出来ました。音楽は商業的なものではなく人々の生活の中に浸透しているものです。環境を破壊させて行く力に負けない程に。国連と言う世界レベルで問題に取り組んでいる人達の中でメッセージを伝える事が出来る非常に素晴らしいチャンスです。今日はそういう夜にしたいなと思っています。
- 親善大使になられてこの8年間ご自身の中で一番変った事は何でしょうか。
加藤 んー、何か変ったかな。どうでしょう(笑)。(親善大使になる)以前から旅行はすごく好きでその国のそこの歌を必ず一つ覚えて、そこの国の人とその場で歌って来たのでその延長線上に今もあると思うんですけど。ただ、70年代に様々な国に旅行した時に比べてどの国も非常に忙しく、けたたましい変化をして行ってると思います。どこの国も経済発展と同じレベルで環境に対する活動が進行して行ってほしいなと思います。
- 世界各国に旅したことが、ご自身の歌にも影響されたことはありますか。
加藤 私はどこの国に行ってもゴミ捨て場とか汚染処理場とか、絶対観光客は行かない場所を見ます。そして旅人として歩いて来た街をそこで暮らしている人の側に立って、同じ地面の上にしゃがんで旅行できたっていうことが私にとってすごく大きなことでしたし、音楽的にもすごく幅が広がったと思っています。
- 環境問題に関して、日本ではどのような活動をされていますか。
加藤 私の親善大使の仕事は、夫がエコロジストで20年以上環境問題と取り組んできたことで、心強い気持ちで引き受けた仕事だったんです。残念なことに活動を開始した翌年に夫は他界してしまいましたが、私なりにできることをと、今有機農業をやっています。有機農業っていうのはすごく手間ひまかかるっていうことが身近に感じられたり、何よりネットワークが広がりました。環境活動や有機農業をしている人たち、若い人たちとの接点が増えたことは一番の変化かもしれないですね。
- 農場には若い方が多いんですか。
加藤 はい。感動的なのは、夫が他界した後に若い人たちが農業をやりたい、ここ(私の農場)に来たいって言ってくれた人がきて、そこから住み着いて、たくさん畑を広げたりしたことです。そのうちの一人と私の娘が結婚しました。私の娘はヤエ、英語で「Y.A.E」って言ってるんですけど、シンガーソングライターで若者たちの中で自然と一緒になって自分の生活を支える喜び、可能性を皆に伝えたいと、夫と一緒に農業をやりながら歌手活動をしています。若い人たちが自分たちの命をかけて、将来をかけて、その生活、ライフスタイルをやっていることを応援したいし、若い人たちの未来が明るいものであってほしいという気持ちはとても強いです。
- 音楽の活動範囲も広がりましたか。
加藤 非常に広がりましたね。去年は「ミスチル」の桜井さんとか小林武史さんとともにコンサートAPバンクフェスティバルに出演し、おととしはフジロックに出演しましたね。環境に対してのメッセージが以前より強く出てきていて、若者たちの間に環境に対する関心がすごく広がってるっていうのを実感するここ数年の活動でした。若い人たちが環境問題を通してすごく近い会話ができるようになってきたのが、ちょっと大きな変化かもしれないですね。
- コンサート前は緊張されるものなんでしょうか。
加藤 それは、ね。用意します。昨日のリハーサルも結構ハードなリハーサルをやりましたよ。完璧な。準備は完璧に緊張を持って。が、歌うときはリラックスしていたいなっていうのが私の思い入れですね。歌い始めたとたんに、なにか世界が広がるっていうか、やわらかくなるっていうか。あそこに座ってる人たちの、聴いてる人たちの気持ちと自分の気持ちが解け合う、道ができるっていうんですかね。そういうものでありたいし。多分歌い始めたときには、緊張が解けていなくちゃいけないかなって思ってますけどね。
- 加藤さんから見たニューヨークの印象は。
加藤 今日はユニオンスクエアの、オーガニックのマーケットに行ってきました。小さな農場で鶏や牛を牧場で飼って、手作りのパンやクッキー、ジャムだとかオーガニックなものを出しているマーケットを見てきたんですけど、容器をたくさん使わないために量り売りが普通になっていたり。アメリカの中のオーガニックなライフスタイルも見ることができて、すごくヒントになることがいっぱいありましたね。
- アメリカに対する印象は変わりましたか。
加藤 日本からアメリカを見ると、ブッシュがアメリカかみたいに思っている日本人も多いと思うんですけれども、やっぱりアメリカっていうところが一番先端的な悩みをなんとか積極的に解決しようとする人たちだって事は今回すごく印象に残りました。農業問題とか環境問題とか、いろんなことに関わっているアメリカのアーティストたちとも、これから勉強しながら、今まで以上に関心を持っていきたいなっていうふうにちょっと考えましたね。
「国連職員の日」
4月25日、「国連職員の日」と題し、国連本部・総会議場でコンサートが行われ、国連環境計画親善大使の加藤登紀子さんが参加。アジアやオセアニアなどの国々で幅広く活躍する加藤さんは、地球環境問題や命の尊さを歌に込め、その大切さを強く訴えた。加藤さんは「モンゴル800」の「あなたに」やアフリカ音楽の「MAMA」、1970年から歌い続けている「知床旅情」、オリジナルソング「Now is the time」の全4曲を披露し、国連職員有志合唱団との共演で「大地 for you」を歌い、締めくくった。
インタビューを終えて
農業の話をふった際、本業の歌の話と同じくらい嬉しそうに話して下さいました。深刻な問題を抱える国は数多くありますが、すべての国には素晴らしい音楽も同時に存在します。そしてその音楽は問題に対抗しうる力を持っています。ステージに上がる数分前に加藤さんはそう言い切られました。音楽は国境を超える。月並みで使い古された表現かもしれませんが且つ、これほどシンプルで強烈なキャッチフレーズはないのではないでしょうか。そしてこのフレーズが最も似合う歌手が加藤さんなのだなと思ってしまいました。実はここニューヨークでのコンサートは1990年のカーネギーホール以来とか。当時の事を振り返ってもらうと『そうねぇ…、随分昔ですからねえ…。あなたなんか、まだ生まれてらっしゃらなかったんじゃない?』。1990年はさすがに生まれてます!
加藤登紀子(かとう ときこ)
職業:歌手1943年ハルビン生まれ。1965年東京大学在学中、第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。1966年「赤い風船」でレコード大賞新人賞、1969年「ひとり寝の子守唄」、1971年「知床旅情」でレコード大賞歌唱賞を受賞。以後、60枚以上のアルバムと多くのヒット曲を世に送り出してきた。

