Vol.32 ウルトラテクノロジスト集団チームラボ代表 猪子寿之さん

 現在、日本のメディア、そして世界中の美術界からも注目を集めているウルトラテクノロジスト集団の「チームラボ」は、プログラマー、エンジニア、数学者、建築家、デザイナー、アニメーター、絵師など、様々なスペシャリストから構成されている。
 来年の1月11日まで、ジャパン・ソサエティー(JS)・ギャラリーで開催中の「異形の楽園:池田学、天明屋尚、チームラボ」にて作品を展示しており、そのオープニングのために多忙なスケジュールの中、ニューヨークを訪れたチームラボ代表の猪子寿之氏に作品に対する思いをうかがった。

 

プロフィール: 代表 猪子寿之(いのこ としゆき) 1977年、徳島市出身。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。大学では確率・統計モデルを、大学院では自然言語処理とアートを研究。 公式サイトwww.team-lab.net

 

―プロジェクトによって、関わる人数もメンバーも変わるとのことですが、まずは組織の男女比を教えてください。

 うちは男性が8割、女性は2割です。

―女性が少ないことに理由はあるのでしょうか?

 我々に選択権はないです。単純にこの業界(プログラマー)には、女性が少ない。女性の選択として、そういうことを学ぶ女性が、男性に比べれば少ないので必然的にそうなってしまっている。

―チームラボの目指すところは何でしょうか?

 チームラボの目指すところは、人類を前に進めたいということです。たまたま自分は「デジタル」という概念を人類が手に入れた時代だったので、この新しい時代、デジタルやネットワークが当たり前になっていくような、いわゆる情報社会は自分たちで何でも作れる時代だと思っています。
 昔(産業社会)だと、工場を持っていないと何かを作れなかったけど、デジタル時代は資本がなくても、自分たちで手を動かせば何か作れる時代。僕らは、自分たちで何かを作ることによって世界を少しでも変えたいし、それによって人類が前に進めばいいなって思ってる。
 たぶん趣旨的には、いいものを作れば何とかなっていく時代。通常の会社は、CFO、社会とのコミュニケーションの責任者、営業の出来る人を集めて、作られていくと思いますが、僕らはエンジニア5人で始めた。
 とにかくすごいもの、いいもの、それが目立つものなのかは分からないけど、自分たちの作ったものが話題になればこの時代、勝手に広がる。ユーザーが気に入って感動さえすれば、ユーザーが広げてくれるから、何とかなるんじゃないかっていうポリシーで始めました。基本的にはいいものを作れば広がっていって、なんとか最終的にビジネスも回っていくんじゃないかっていう考え方なんですよね。
 だから、会社は基本的に作る人ばっかりなんですよ。ほぼ7、8割がプログラマーだったりエンジニアだったり、CGのアニメーターだったり建築家だったり、グラフィックデザイナーだったり、手を動かして作る人が中心になって何かを作ることによって世界を変えられるんじゃないかと思ってるし、皆が喜ぶようなものをつくれば、お金は何とか回るんじゃないのかと。

―そして、人のことも幸せにしていけるんじゃないかということですか?

 そうですね。少なくとも世界が変わって、人類がよりよい方向に進むんじゃないかと。

―その使命感はどこから来るのでしょうか?

 好きな人たちと一緒にいたいっていうのは大きくて、やっぱり究極的には好きな人と目標を共有して、そこに進むプロセスを共有することが幸せだと思っています。そして、その目標はより大きな使命があったほうがいい。皆と一緒にやる方が楽しいですよね。

―チームでのミーティングはどれくらの頻度で行っているのですか?

 毎日。東京にいる時はほとんど1人でいる瞬間が無い。皆でプロジェクトの土地を見たり、考えたり、ディスカッションしたり、全てを一緒にやっています。

―1人でいることがないのですね。

 そうですね。1人でいる時間に、夜中とか、飛行機の中とか、そういう時にテキストを書いたり。一対一というか個人だと、ある程度、何でも出来なきゃいけない。でも、チームだと自分の得意なことをそれぞれがやり、作り上げていけるので良いです。

―それぞれがプロフェッショナルな技術を持ちながら、一つの作品を作り上げる。このチームを作れたポイントは何だと思いますか?

 まず、チームを作ることを優先して行動したことです。初期からテクノロジーとアートをやりたかったのですが、やはりお金にならなかった。20代の時はとにかくチームを維持するのを最優先した。色々と考えたのですが、とにかく会社のバランスなどは抜きにして、自分たちの好きな人と始めようと思い、それを実現した。元々仲が良いから、任せやすいですよ。それは、ラッキーだった点だと思います。

―世界的に注目される組織になっているわけですが、そうなる確信はあったのでしょうか?

 いや。無いですし、そんなにすごくもないですよ。新しい時代の可能性を、ポジティブな意味で示せればいいなと思ってるんですよね。それは言葉ではなく、感動させること。自分はやっぱりアートが好きだから。アート以外だと何かの役に立たないといけない。アートは、何かのついでじゃなくてもいい。便利であったり、何かの具体的な役に立たなくてもいい。大切なのは、人が何かに感動したりすること。

―作品タイトルに個性的なものが多いですが、どのように生まれてくるのですか?

 あれは全て、僕が考えています。例えば、「世界は統合されつつ、分割され、繰り返しつつ、いつも違う」という作品でいうと、伊藤若仲の升目書きっていうのになぜか親しみを感じて、あれを再構築しようと思って作った時に、直感的に何かを感じて生まれたタイトル。あれをモチーフにしようと直感的に思い、作ってる内に、あのようなかたちになりました。結果的には、現在、デジタルで出来ること、直感でモチーフにしようと思ったこと、世の中で起こってる現象が、何らかのかたちでリンクをしているような気がしていて。あの作品が結果的に表してるようなことと、今、世の中で起こってるような現象みたいなものが混在している。
 だから、社会と自分の作品との接点みたいなものをタイトルにしてるのかなと思います。

―NYには何度も来ていると思いますが、NYから得るもの、感じるものはありますか?

 NYは、やっはりすごい場所だと思います。すごくニッチなものでも、それがグローバルにおいて本当に価値があれば世界がお客様というか、それが成り立つ。それはアートもそうだし、舞台もそう。ほんとにグローバルなんだと感じました。ローカルで成り立つビジネスと、グローバルで成り立つビジネスは、本当に違うんだなと思った。例えば、新しいこと、我々はデジタルでアートを売ろうとしています。だから、新しいことに対して基本にポジティブであったり、例えば「それは違う」というのは、あまりなくて「今はちがう」と言うんです。日本だと「それは違うよね」という感じだけど、「(そうじゃなくて)〝今は〟違う」と。でもいずれ10年も経てば、絶対そうなるのではないか、歴史をひも解いてもきっとそうなるよ、みたいな。
 例えば、以前にエキシビジョンを開催したNYのギャラリーが呼んでくれたのも、デジタルが美の概念を確証する。それは人類にとって、意味があることで、それは人類を受け入れるというようなスタンス。だから、展示を始める前に「今、この瞬間にNYがそうなってるかどうかはわからない」と。だから変な話コケるかもしれない、でも気にする必要はない、10年たてば絶対そうなる、未来はそうだからと。しかし、結果的には案外、自分たちのやってることが受け入れられたのですが。ある意味で世の中は変わるし、未来はいずれこっちの方向に行くだろうっていうのを何となく、皆は知っていて。

―では最後に、NYにいる日本人に向けて、メッセージをお願いします。

 NYで働けて羨ましいな。ここで働いてたらね、そんな飛び回らなくてもいいし、世界の中心のような場所。世界の中心から、世界を変えてほしいですね。