滝川玲子弁護士による遺言の日米の違いと、その重要性、また遺書と検認裁判所手続、事前指示の書類についてのお話。
遺言は、死後の財産処分の法律関係に関する本人の意思表示、遺言書(遺書)はそれを記した法的書類です。
額に関わらず、財産が米国にありますと、遺書がある場合とない場合で、死後財産の処分にかかわる時間と費用に差が出て、後のことを整理する家族や友人に負担がかかる可能性があります。裁判所の手続を経ずに、死後の財産処分が比較的非公式になされ得る日本と異なり、米国では、(共同名義や受益者指定のある財産項目を除いて)故人名義の遺産を管理する人が裁判所で指名されない限り、遺産処分手続が進みません。
また、故人が事業を営んでいる場合などは、死後その事業をどうしたいかが明確にされていないと、処分や承継が困難になります。日仏など制定法の法域と異なり、英米の判例法の法域では、財産を個人の自由意志で遺言によって処分するという原則が伝統的です。
米国では人が亡くなると、その人の財産権から成る法主体であるエステート(遺産という意味があります)が構成されます。個人が識別される社会保障番号を持つように、エステートは、雇用主識別番号(EIN)を持ちます。
遺書には、誰にどの財産をどう分配するかを記載します。また、法定相続人以外への遺贈、慈善団体への遺贈、相続人の廃除、未成年相続人に対する後見人の指定などの事項に関する意思表示を明記することもできます。税金の対策として特別な信託を組み込む場合もあります。
遺書に、葬儀や埋葬の指示を含めたい、というご希望がよくあります。葬儀指示書は、遺書とは別に作成して、わかりやすい場所に保管しておくことをおすすめします。遺書に含めてしまうと、例えば独居の方が死亡された場合、指示が記載されている遺書がすぐに発見されず、生前に意思を聞いている家族や友人がいないために、葬儀や埋葬をどうしようということになるからです。
遺書で、エステートの代表者となり遺言を執行し遺産を管理する遺言執行人(Executor)を指名します。家族や友人など信頼のおける個人の他に、銀行などの機関が遺言執行人に指名される場合もあります。遺言執行人は、受認者(Fiduciary)といって、財産が分配される受益者に対して信認義務を負い、故人に代って財産を遺言通りに分配処理します。
「友人に遺言執行人を頼みたいが、面倒だろうし費用の持ち出しになるのでは」という質問がよくありますが、遺言執行者や遺書がない場合の遺産管理人には、法律で決められた割合に基づく手数料が払われることになっています。負債や費用は通常、故人のエステートから支払われます。
遺書の署名の方式には州法に基づく決まりがあり、ニューヨーク州では、18才以上の利害関係のない証人2人の署名が必要です。次回は遺書がない場合とある場合を簡単に比較してみます。
※上述はあくまでも一般的な説明であり、個々のケースによって手続な どは異なりますので、必ず法律専門家に相談するようお願いします。
滝川玲子(たきかわ・れいこ)
ウインデルズ・マークス・レーン・アンド・ミッテンドルフ法律事務所パートナー、ニューヨーク州弁護士。上智大学外国語学部英語学科、同法学部国際関係法学科卒業後渡米、ニューヨーク大学ロースクール法学修士。日米両国の弁護士事務所の他、日本企業での勤務経験もある。総合法律事務所のニューヨークオフィスにおいて、遺書・遺産に関する法律を中心に、日米両国のクライアントをもつ。現在JAAにおいて、2ヵ月に一度の無料法律相談を担当。
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