Vol.40 女優 工藤夕貴さん

映画『海を感じる時』の脚本家・荒井晴彦が18年ぶりに監督を務めた渾身作『この国の空』がこのほど、ジャパン・ソサエティー主催の北米最大規模の日本映画祭「ジャパン・カッツ2015」で上映されることが決定した。今回の上映はワールド・プレミアとなる。
今月18日の同映画の上映に合わせ、二階堂ふみさん演じる主役の母親を演じた女優の工藤夕貴さんが舞台挨拶に登場する。ニューヨークでの記念すべき上映を控えた工藤さんにインタビューを行った。

 

工藤夕貴(くどう ゆうき、1971年1月17日 生まれ )
『逆噴射家族(1984)』でヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞し、翌年『台風クラブ(85)』でも高く評価をされる。その後、ジム・ジャームッシュ監督の『ミステリートレイン(89)』に出演し世界的に注目を集め、『戦争と青春(91年)』で日本アカデミー賞の優秀主演女優賞を受賞。その後も国内外で活動を続け、ロブ・マーシャル監督の『SAYURI(2005)』、ブレット・ラトナー監督の『ラッシュアワー3(07)』、ジャームッシュ監督の『リミッツ・オブ・コントロール(09)』に出演している。名実ともに国際派女優として認められている。

 

―まず、本作への出演を決めた理由を教えてください。

 一番の理由は、台本が圧倒的にユニークで素晴らしかったからです。戦争映画というと、誰かが死んでしまったり、戦うシーンがあったりと必ず悲劇が前に出てきて、涙なくしては観られない作品が多いと感じます。しかし『この国の空』は、戦争中に国を守っている人たちの生き方に着目した作品です。大変な状況にあってもたくましく生きていく気持ちを持ち、互いを愛し合うなど、毎日を一生懸命に生きようとする人間の強さが描かれていて、とても惹かれました。
 「こんな時だからこそ、皆が支え合うだろうと思いきや、こんな状態でも兄弟喧嘩はするんだな」といったことだったり、現実味があり人間の感情があふれているところも気に入っています。予期せぬ状況に立たされた時に人は、自分が想像もしないような行動を取ったり、感情的になったり。そういったところも魅力的でした。
 また私の役も、一般的にイメージされる母親ではなく、女性の部分を持ちながら娘を遠くから支えているようなタイプだったので、その点も良かったです。

―演技をする上で、チャレンジなどはありましたか?

 初めて台本を読んだ時に感じた世界観をどう表現するかが挑戦でした。そして、どんな役を演じていても、常に変化のある演技ができる女優でいたいと考えているので、今回はどのように演じるかという点もいろいろと考えました。
 この映画は長い長い台詞をカットせずに撮るシーンもあったので、そういう部分でもやりがいを感じ、楽しかったです。

―実際に演じた母親役についてはどのように感じましたか?

 同じ女性として少し理解に苦しむところがあり、監督に質問をしたこともありましたが、興味深い役でした。
 一般的な母親だったら、「女性が一人で男性しかいない場所に出入りするなんて、もってのほかだ」って言いたいところですが、私が演じた母親は「今のあなたには、彼しかいないから。仕方なく許しているのよ」と言うような人で、そういうところが最初はまったく理解できませんでした。しかし、監督にこの母親はどんな気持ちで言ったのかを聞き、最後は共感できたところもありました。それは、「きれいな子で女性としても輝ける時なのに、一度も人を好きにならず、男性と付き合うこともなく死んでしまうかもしれない」という気持ちです。母親は娘に対してその部分をとても不憫に思っているからこそ、この状況でも娘の恋を応援しようとする。
 初めは理解できなかったことを、自分の中に取り入れて理解を深めようとするプロセスは、やりがいがあり面白い部分です。あとは、観客の方々にどうやったら「あーなるほどな」と納得していただけるかというところまで完成させないといけないところに、やりがいを感じました。

―どうしても役の心情を理解できず、監督に相談をしても分からなかったという状況はありましたか?

 今回の映画ではそういったことはなく、監督の説明ですべて理解できました。この作品のとてもユニークなところは、監督が脚本も手掛けていることです。脚本を書いている方が監督なので、役の心理面で理解しづらい面なども監督に聞けばストレートに理解できたので、スムーズに仕事ができました。
 長く女優をやってきて感じることなのですが、演じる上で自分がやりたいことに固執すると、演じ方を変えているつもりでも似た演技になってしまうことがあります。この点でも監督が想像する役を表現できれば、自分の持っている演技だけに捉われないのではないかと考えています。

―映画の見所を教えてください。

 この映画の魅力は、固定概念に縛られていないところです。戦争中でも人間は愛することを止めないし、どんな状況になっても一生懸命に今の一瞬一瞬を生きようとする人たちの姿をとても自然に描いています。ポテンシャルも非常に高いので、どの国の人が観ても共感できる部分があると思います。
 戦争映画は、一定方向の捉え方になりがちの場合も多いかと思います。既存の戦争映画という枠に捉われていない、人の気持ちを扱った映画として、世界中の人たちに魅力を感じてもらえるのではないでしょうか。
 また、日本映画独特の感覚(昔の日本映画に通じるもの)が多く表現されているのは荒井監督の魅力であり、他の作品と一線を画するところです。こういった映画はなかなかないのではというほどに日本の良さが詰まっています。

―二階堂さんとの共演はいかがでしたか?

 撮影現場も休憩中も仲良くさせていただきました。二階堂さんは外国に対しての憧れが強いようで、撮影初日に「英語を勉強したいので、私と話をする時は英語でお願いします」と言われたんですね。前向きで、ハングリー精神がある素敵な方だと思います。
 あとは撮影の合間に食事に行った時に、私たちが英語で会話をしているので、レストランの方に外国人と間違えられるという場面もありました。その時は、ずっと外国人のふりをしていたのですが、〝日本語を少し喋れる外国人〟のふりをするのはロールプレイングゲームみたいで楽しくて、二人でたくさん笑いました。良い思い出がたくさんできました。

―今後も日米の作品に出演していく予定ですか?

 自分がある程度の年を重ねたこともあり、「どこの国の映画だから」という点にこだわらなくなってきています。今一番興味があるのは、どんな役が演じられるかです。
 外国に長い間住んでいた時に感じたことがあって、それは「日本の方が可能性がたくさんあって、色んな役ができるのでは」ということでした。米国では日本人は他のアジア人と共にアジアンアメリカンと一つの括りで見られることが多い。さらにその中で、女性が演じられる役も非常に限られている部分もあって。
 人種の壁を越えてどんな人でも平等に役を演じられる世界になるには、まだまだ時間がかかるのではないかと思う時もあります。それが悪いと言っているのではなく、日本でも外国人の役者の方々にはあまり役が無いのと同じことです。
 それぞれに良いところと悪いところが半分ずつあるので、どちらにもこだわっていないことが最近のスタンスかもしれないですね。自分のやりたい役があり、自分の住みやすい場所が最良の場所だという選び方をしているような気がします。
 外国に住んでいたからこそ、日本の良さと悪さが見えたりもするので、そういう点では中立な立場で物を見る目を養えるきっかけをもらったとは思います。

―工藤さんにとってニューヨークはどのような場所でしょうか?

 仕事で何回か足を運んでいるのですが、ニューヨークはとてもヨーロッパ的な印象があります。ロサンゼルスに長年住んでいたことがあるのでより強く感じるのかもしれませんが、ウエストコーストよりも文化的に深みがある。
 ニューヨークは昔からヨーロッパが近い場所なので、文化的に複雑で多様化していて魅力的で、ロサンゼルスとは制度も人の考え方もまったく違う。ニューヨークに住んでみたい思いも少しだけ残っています。ロサンゼルスよりもニューヨークの方が合っていたかもしれないと考える時もあります。

―今回のニューヨーク滞在で行きたい場所や、やりたいことはありますか?

 美術館に行きたいですね。あとは、新鋭のデザイナーやアーティストたちが集まるような所に行きたいです。ローフードレストランで食事もしたいです。
 それに、日本に進出していないインテリアショップ、米国に住んでいた時に足繁く通っていたベッド・バス・アンド・ビヨンドとかも。米国の文化は、家をデコレーションするなどして〝素敵に生活をする〟ことが重要視されます。〝生活をする〟とは、いかに毎日を楽しむかだと思っているので、そういった感覚になれる場所に行きたいです。

―今後の具体的な活動の予定を教えてください。

 女優業とは別に、農業や食関連のことをライフワークとして精力的にやっていて、日本各地で講演会もしています。農業の素晴らしさや生き方などを多くの方々へ伝えていきたいと思っているので、興味がある方は是非お越し下さい。しかし、今後の活動はまだまだ思案中なので、楽しみにしていただければ嬉しいです。

―では最後に、ニューヨークの読者にメッセージをお願いします。

 良い仕事をしながら自分にできることを一生懸命にやっていきますので、これからも応援をよろしくお願いします。


www.japansociety.org

『この国の空』