錦江湾(鹿児島湾)を横目に桜島を一望できる海沿いに、ひっそりと佇む木造の小さな蔵があります。「森伊蔵酒造」です。伝統ある合掌造りの150坪ほどの建物で、かの有名な森伊蔵は造られています。誰でも一度は耳にしたことがあるにも関わらず、実際に手に取ってその恩恵にあずかった人はごく一握りであろう、芋焼酎です。昭和63年の発売から瞬く間に人気が出て、小さな蔵で手間のかかる同蔵伝統の120年前のかめ壷仕込みで造られるため、すぐに完売してしまいます。10年ほど前の焼酎ブームにはオークションなどで1本約5〜10万円で取り引きされ、高騰が落ち着いた現在でも森伊蔵の人気は変わらず、720ミリリットル瓶でも約1〜2万円。定価は2500円と聞いてびっくりするのですが、実はこの値段、庶民の酒である焼酎の中では高い方なのです。
同焼酎生みの親、五代目当主森覚志氏のお父様の名前に由来する森伊蔵は、フランスのジャック・シラク元大統領も愛飲していることでも有名。その品質は、当主自ら選んだ良質な有機栽培で作られる黄金千貫(※1)と地元垂水地域の名水(垂水というだけあって水の美味しさは日本有数)に保障され、味は芋臭さを除去し、甘みのあるまろやかさを追求。現在正規のルートで購入するには毎月の電話抽選や、JALのビジネス/ファーストクラスなどがあります。
本日は3Mがテーマなので続いては「魔王」の話になりますが、3Mとは、幻の芋焼酎3本「森伊蔵」「魔王」「村尾」の頭文字を取っていつからか俗に呼ばれるようになった総称で、入手困難、人気、クオリティー全てにおいて最高峰と言われています。
さて、魔王は何と言ってもそのネーミングの強烈さにまず圧倒されます。「天使を誘惑し、魔界の王へ最高の酒を調達・献上する悪魔たちによってもたらされた特別なお酒」にちなんで命名され、熟成酒らしくとてもまろやかでありながら、みかんや洋梨を思わすどこか華やかな香りと味わいは、まさにワインのように軽やかに飲むことができ女性にも人気です。通常ウィスキーやワインに代表される全ての熟成酒はその熟成の間に少しずつお酒が蒸発し消失する部分があるのですが、それを指して「エンジェルズシェア」と呼びます。天使が自分たちの分け前を持っていく、ということなのですが、「魔王」は手下の悪魔たちがその分け前を持った天使たちを誘惑し、魔界へ誘うということらしいのです。恐ろしい名からは想像できないフルーティーな味がまた粋ですね。鹿児島県最南端、大隈半島の錦江町に位置する「白玉醸造」の芋焼酎です。
最後に「村尾」ですが、こちらは諸説あるもののなんと西郷隆盛が愛した焼酎と言われています。明治35年創業の「村尾酒造」は現在三代目の村尾寿彦氏が原料調達から仕込み、蒸留、配達までをたった一人で行っているとのこと。幻と呼ぶのにピッタリなこの一本は、黄金千貫と白豊(※2)のブレンドで黒麹を使い、上の2つとはまた違って、芋の香りやこうばしさがたっぷりと口の中に広がり、ずっしりとした男らしい味わい。しかし、後味はすっきりとしていて飲み飽きしない、とても絶妙なバランスに仕上がっています。焼酎造りの天才と言われる三代目の、その技を感じられる一本です。
※1、2…さつまいもの種類
本日の〆
今回ご紹介した3Mですが、私は日本に帰った際に主にオンラインショッピングで購入しています。まだまだ希少価値が高く、手頃とは言えませんが、ラッキーな場合は3000円から、一升瓶でも8000円ほどで購入できることもあります。興味のある方はぜひ試してみてください。
大竹彩子
東京都出身。2006年、米国留学のため1年間ミネソタ州に滞在。07年にニューヨークに移り、焼酎バー八ちゃんに勤務。13年10月に自身の店「焼酎&タパス 彩」をオープン。焼酎利酒師の資格をもつ。
焼酎&タパス 彩
247 E 50th St (bet 2nd & 3rd Ave)
212-715-0770 www.aya-nyc.com