チャイの香るインドの旅
インドを旅したときの話。
夜が明ける少し前、静寂をつんざく朝の祈祷が街頭のスピーカーから町中に響きだすと、ギョッとして目が覚めた。寝ぼけたまま部屋の中を見渡すと、5人ほど並んで寝ているのが目に入った。「ここはどこ?」一瞬混乱してしまったが、すぐに思い出した。
昨夜大幅に遅れたフライトが深夜デリーの空港に到着し、不安と暗闇に包まれながら、急いでリクシャー(三輪タクシー)に乗って、寝静まった街のとあるゲストハウスへどうにか到着し、ゴロ寝しているフロントの兄ちゃんを起こして、すったもんだしたあげく、何とか雑魚寝のドミトリーを確保し、やっと眠りについたと思ったら、大音量に起こされてしまった、という訳だ。なかなか激しいインドデビューになってしまった。
とりあえず目が覚めてしまったので、そのまま散歩に出かけることにした。オールドデリーはその名の通り、同じ街でも近代的なニューデリーとは隔世の違いがある。まるで何百年前にタイムスリップしたようだ。細い路地は既に人々で賑わっている。露店が至る所にあり、さまざまなものが売られている。そのなかでひとつの屋台が目に入った。
髭面のオジちゃんがしきりにポンプを押しならがら炭に空気を送っている。その度に炎が上がり、鍋からあふれんばかりに何か煮立っている。どうやらチャイ屋のようだ。ふきこぼれそうになるとオジちゃんはさっと鍋を火から外しクルクルッと回して温度を下げる。手馴れたものだ。見たこともない茶の淹れ方に思わず見入ってしまった。そして鍋の前に並んでいるのはカップではなくグラス。なんとなく変に思うが、オジちゃんはそんなことに構わず黙々とチャイをグラスに注いでいく。
ほかの人たちに混じってひとつ取ってみた。甘い香りが湯気とともに登ってくる。飲んでみると、これはかなり濃厚でおいしい。しかもそれだけではない。生姜で引き締まった甘さがジンワリと身体に沁み込んで活力を行き渡らせ、そしてカルダモンのシトラスな香りが朝露を踏んでいるような爽やかな気を巡らせる。この一杯で生き返った気分。チャイにもインドの伝承医学アーユルヴェーダが受け継がれているのだろう。
チャイのレシピはさまざまあるようで、だいたいこんな感じ。
●お湯、ミルク、カルダモン、生姜、紅茶、砂糖。まずミルク以外をお湯で煎じ、それから濃厚なミルクをたっぷり加え2分ほど煮出す。ふきこぼれそうになるたびにサッと火から外すのがポイント。
デリーに数日間滞在した次の目的地はガンジスの聖地バラナシ。デリーからは夜行列車で行くことになる。かなりの長旅だ。数日前に寝台車の予約をしたので、まあゆっくりと横になって鉄道の旅を楽しむことにしよう。明日の午後はガンジスの河岸でチャイが飲める。そう思うだけで元気が湧いてくる。その夜リクシャーで駅に向かい、まだ誰もいないプラットホームで待つことにした。そして星々の輝きを眺めること2時間。列車が来る気配はまったくなかった。
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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