Vol.43 落語家 三代目桂小春團治さん

 大阪生まれの落語好きだった少年が三代目桂春團治*の門戸を叩き落語家へ。三代目桂小春團治を襲名以降は、2006年文化交流使に任命され渡米、NewsWeek誌「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれるなど、「世界に通用する落語家」として各国で活躍。2月19・20日に6年ぶりのニューヨーク公演を控える桂小春團治さんにインタビューを敢行した。(インタビュー日時: 2015年12月8日)

 

©Chitose Kuroishi

 

桂小春團治
1958年大阪府生まれ。77年三代目桂春團治に入門し、以降、82、83年「ABC漫才落語新人コンクール」新人賞、97年「文化庁芸術祭賞」演芸部門最新人賞など数々の賞を受賞。99年に三代目桂小春團治を襲名。2000年にエジンバラフェスティバルで海外デビューを果たし、イギリス・フランス・ドイツ・ロシア・トルコなどで高座に上がる。06年7月20日 「平成18年度文化庁文化交流使」に任命を受ける。独自で編み出した字幕方式の落語で世界各地にて公演を行う。

 

―日本はもとより世界で活躍されていますが、そもそも落語家を志したきっかけは?
 小学校の時のクラブ活動で、「芸能部」というお笑い好きの先生が顧問をしているクラブ活動に入りました。落語や漫才など毎回テーマを決めて発表しあうのですが、その時に初めて人前で落語を披露しました。中学に入ると、落語好きな友達に噺(はなし)を読み聞かせたり、一緒にラジオの公開録音に行ったり。高校は落語研究会(落研)のある進学校に行きたいがために、猛勉強してランクを上げて受験勉強しました。

―落語少年だったんですね。大学でも落研に入ったということですが、本格的に落語の道を目指したのはいつですか?
 大学を中退して、19歳の時に桂春團治の門戸を叩きました。春團治が現在(インタビュー当時)三代目なのですが、初代、二代目とタイプがみんな違うんです。落語というのは名前を襲名しても、性格やキャラクターは継げないもの。初代は浪花の爆笑王と呼ばれ、映画や舞台でも活躍していました。僕が門を叩いた三代目はどちらかというと、きれいで洗練された落語をする噺家なので、ちゃんとこの人に落語を教わりたいと思って。最初から(指導を仰ぐなら)、桂春團治師匠だと思っていました。

―今では世界各国で高座に上がられていますが、もともと海外や語学に興味があったのでしょうか?
 海外で落語をするという目標が最初からあったわけではありませんでした。99年に小春から小春團治に改名するのですが、当時、音楽劇という少し変わった舞台に出演しました。その時に共演したパーカショニストがスコットランドで開催される「エディンバラ国際フェスティバル」に参加するということで、自分もそこで落語をしたいなと思って参加したのが始まりです。その際に、狂言や舞踏を欧州に紹介している英国人プロデューサーに出会って、その後の海外公演のキャリアがスタートしました。

―具体的にはどのように海外で落語を行うのでしょうか?
 音楽であれば五線譜が共通言語となって、言葉が通じなくても一緒に演奏ができるけれども、落語はどうしても言葉に依存する芸なので、どのようにして伝えるかというのが課題でした。実は以前、英語で落語を創作して、カセット集を販売したこともあります。ただ、どれだけ英語を練習して落語をやっても、日本人にとっては流暢に聞こえるかもしれないけれど、ネイティブの人が聞けばカタコトにしか聞こえない。本物の落語を海外で伝えるためにはこれではだめだと思い、英語で落語をするのは止めました。

―そうするとまた別の手法を探さないといけないですね。
 そこで国際会議でよくある、イヤホンを付けた同時通訳の手法に切り替えました。ただ、こちらがどれだけ感情豊かに話しても、通訳が棒読みで淡々と話したら伝わらない。通訳する人の表現力に凄く左右されてしまうんです。そこで残ったのが字幕でした。われわれは洋画を観るときに、字幕でも泣いたり笑ったりするので、字幕で落語もできるのではないかと思ったんですね。

―字幕だったら伝わるな、という確信があったのですね。
 でも外国人が字幕で笑うのか心配だったので、京都在住の外国人を集めて、実際にどんな反応をするのか、リハーサルをしました。結果、笑ってくれたのは良かったのですが、実は笑いが先に起きてしまいました。なぜかというと文法的な違いで、日本語は動詞が文章の最後にくるけれど、英語は主語の次に動詞がくるから、まだギャグも言ってないのに、笑いが先に起こったんですね。笑いが遅れるのもやりにくいけれど、先に笑われるのもやりにくい。それで次は字幕を出すタイミングを少し遅らせることにしました。そうすると違和感なくできたんです。

―本番であるエディンバラ国際フェスティバルではどうなりましたか?
 1週間の公演だったのですが、毎日微調整をしてましたね。もうちょっと、ここに小噺を足したほうが良いのではないか、となれば、マクラ(本ネタに入る前の小噺)の部分に入れたり。いちばん切羽詰まっていた時は、開演30分前に追加したりしました。

―英語だと主語→動詞→述語という字幕のタイミングが解消できましたが、2010年に国連で4カ国語字幕で公演した時、ほかの言語はどうなるのですか?
 国連ではスクリーンの左右に2カ国語ずつ出して、4カ国語対応にしました。英語、フランス語、スペイン語、中国語です。たまたまこの4カ国語ともに主語→述語→動詞で文法が一緒だったので、違和感なく同じタイミングでできました。ちなみに、韓国語やトルコ語だと、日本語と同じ文法なので、日本語と同じタイミングでできます。

―字幕式の落語でお客さんがウケているな、というのは確信できるのでしょうか?
 落語というのはその場で笑いが返ってくるので、例えばお客さんにお世辞で「ワンダフル」、「ビューティフル」と言われても、実際彼らが笑っていなければ伝わらなかったことが分かります。笑ってくれれば、言葉の感想は必要ないんです。どの言語もそうですが、翻訳家がどんな風に訳しているかなんて、分からないまま高座に出ます。そこでお客さんの反応が返ってきて初めて「あ、伝わってるんだ」と実感しますね。あの国ではこの噺はあまり受けなかったな、ということもありますが、おかげさまで、これまで一様に反応が薄いという国はないです。

―翻訳家の手腕が問われますね。
 翻訳家には「正確に訳さないでいい」という注文をつけています。例えば、その国で流行っているTVコマーシャルとかがあれば、それを入れて、とか。古典だからって正確に訳しすぎないことが大事です。コメディとして考えてどんどん意訳して、とお願いします。

―それが成功の秘訣ですね?
 そうですね、お客さんは日本の古典芸能を観に来たつもりが、「日本人ってこんな冗談言うんだ、こんなスケベなこと言うんだ」って驚いています。あえてそういうスケベな噺を選んだりしているのですが(笑)。日本人ってきれいなものばかりを海外に向けて見せてきたところがあると思うんです。そこであえて、落語は庶民芸なので、下世話な噺とかをしたり。ただピッツバーグで開催される「高校生日本語スピーチコンクール」のゲストとして招かれた時は(ちなみにその第一回優勝者は歌手のジェロ)、相手が高校生なので、さすがにそういう噺は具合が悪いな、と別の噺にしましたが(笑)

―今回の公演の意気込みは?
 日本人はニューヨーク周辺に約6万人が住んでいるということで、日本人だけでそれだけいるなら、興行として成り立つなと。ですからニューヨーク在住の日本人の方に、ぜひ観に来ていただきたいです。どこの国へ行っても、現地に住んでいる日本人が来てくださるのですが、よく「生まれて初めて落語を聞きました。日本に居るといつでも行けると思って行かなかったんです。」と、言われます。日本にいると行かないんですよね、逆に海外にいると、この国に落語が来るの?ってなるんです。そして観た後に、こんなに分かりやすいんだ、って驚いてくれます。いまだに古典芸能だから難しいんじゃないか、と思ってる人が多いので。

―では最後に、ニューヨークの読者にメッセージをお願いします。
 この2月に丸6年ぶりにニューヨークの高座に上がります。落語を聞いたことがないという人がたくさんおられると思いますが、ニューヨークで落語を聞く機会はそんなにしょっちゅうあるものでもないので、この機会にぜひ落語デビューをしていただき、落語ってこんなに分かりやすんだ、面白いんだと思っていただければ嬉しいです。海外にいると、わりと日本人が日本の文化を知らないということがあると思います。かえって外国の人のほうが日本の文化を知っていて、恥ずかしい思いをしたり。落語というのは日本の古典芸能としては分かりやすくて楽しめるものなので、気軽に笑いに来てくださいね。

*三代目桂春團治(本名・河合一)さんは、1月9日に心不全 のため逝去されました。

©Chitose Kuroishi

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桂小春團治さんのニューヨーク公演スケジュールはこちら
2月19日(金)午後6時半「RAKU-GO」IN NEW YORK Vol.3
【出演】桂小春團治「お玉牛」「皿屋敷」 ※英語字幕
【場所】日本クラブ ローズルーム: 145 57th St(bet 6th & 7th Ave)

2月20日(土)①午後2時/②午後7時「桂小春團治RAKU-GO IN NEW YORK Vol.3」
【出演】桂小春團治(2席)・桂福矢・桂福丸・桂治門
【場所】フロレンス・グールド・ホール: 55 E 59th St(bet Madison & Park Ave)
【料金】一般: 48ドル/学生・シニア: 40ドル

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