ニューヨークの神様 作:山田恵比寿 第3話 ニューヨークの夏の暑さのせい

 7月のうだるような暑さのある夜、日本にいる彼氏の斉藤雅樹とLINE電話で久々に話した。もうかれこれ2年近く離れているから、互いの生活の場に相手の不在が当たり前のことになっている。特に、懐かしいとか、淋しいとか、そういうことをあまり強く感じずにいられることに慣れていた。そして、それは愛情が少なくなってきたとか、もう好きじゃないといったこととは違って、NYで1人で生活するにあたっては、そちらの方が楽でもあったのだ。

だって、ニューヨークで孤独を感じ始めたら、辛くて倒れそうになる。

 確かに、こちらの生活における目の前のことが楽しかったり、それに一生懸命だったりもする。だって、リアルな生活があるのだから当然だ。「遠距離恋愛なんて無理」と誰かが言うのを聞くたびに、自分たちだけは特別だ、と心から思ったことが遠い日のことに思えた。私は、誓って浮気をしていなかった。浩一くんと誰とだって、何もしていない。だけれど、もう雅樹だけを真っ直ぐに“見れて”いないことは、私に充分な罪悪感を抱かせた。だけど、雅樹だって、絶対に浮気している。31歳の働き盛りのオトコがしていないはずはないのだ。けれど、それはきっと「浮ついた気持ち」であって、私との関係を解消するレベルのものではないのだろう。
「雅樹は浮気していないの。誰か気になる人とかいないの」
言ってから、ハッとした。後戻りできないことを聞いてしまった。普段の、いつもの会話から、急に聞いてしまった。どうしよう、でももう、遅い。
「・・・」
沈黙が続く。とても長い時間に感じられて、自分の心臓の音だけが聞こえる。
「実華子、好きな人がいるの」
さすが、付き合ってきただけあって、私のことを知っている。雅樹のこと嫌いになったわけじゃない。だけど、私は変わる必要があるのだ。
 出勤する雅樹との電話を切った翌朝、紀伊國屋に行こうと、ブライアントパーク辺りを歩いていたら、お母さんがNYで大好きだと言っていたニューヨーク図書館が目に入った。
 暑い夏の日、私はNYに来ることにした理由を振り返っていた。

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vol3
実華子が立ち止まったニューヨーク公共図書館
5th Ave. at 42nd St.