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気絶するほどトムヤムクン①
タイへ行ったときの話。
「なんだこれ?」
予想しなかった味に、思わず吹き出しそうになってしまった。そのころ訪れたバンコクにはまだ通勤電車がなく、市内の移動は派手なトゥクトゥクというバイクタクシーかバスだった。バスの中にはクーラーのないものも多く、炎天下での暑さは尋常ではない。それでも知らない街でバスに揺られていると、住人になったような気分が味わえるので、もっぱらバスを使うことにしていた。ただ、降車するたびに冷たい飲み物で喉を潤す必要はあったが。
そのときもバスを降りてすぐ、目の前のコンビニへジュースを買いに駆け込んだ。蒸し上がった体も冷えた缶ジュースでようやく息を吹き返せると思ったのだが、このオレンジジュース、ちょっと期待したものとは違っていた。なぜか塩辛いのだ。不思議に思いながらしばらく缶を見つめてしまった。残念ながら英語のオレンジ以外、タイ語の解読は不可能だった。たぶん汗をかくので塩分の補給というわけだろう。なんだか納得いかぬまま、しょっぱいジュースを流し込んだ。
夕方になると、今日一日街を灼き尽くした陽も西に沈みかけ、ストリートの至るところに灯りが燈り始める。ゆらゆらと南国の夜気のなかへ昇華するアスファルトの熱気は、人々の足取りを絡め街の灯りの集まる方へと誘った。
ぼくはその夜、トムヤムクンのおいしいという店へと足を向けた。客で賑わっているその店へ着くと、早々に注文したのはよく冷えたシンハビール。この一杯のため、今日一日のあいだ熱波に耐えたようなものだ。干上がった胃に冷えたビールを滔々と沁み込ませながら待つトムヤムクン。これで昼間の塩辛いオレンジジュースは帳消しだ。
「トムヤーム!」
いい気分になってきたころ、コンロにのった鍋が目の前に置かれた。穴の開いた金属の鍋の中で、赤々と揺らぐスープからゆらゆらと昇る酸っぱい湯気。刺激的で、ほんのり甘い匂い。熱々のスープと具の海老と野菜を小鉢によそい顔を近づけた。そして水面めがけ勢いよく息を吹きかけると、湯気の中に広がるコブミカンの葉とレモングラスの香りがとても爽やかに感じられた。
つづく
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
ブログ:www.ameblo.jp/nattoya
メール:nattoya@gmail.com
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