気絶するほどトムヤムクン③
胸から立ち昇るハッカのような匂いが鼻からスーッと入ってきたその途端、なんだか気分がすっきりしてきた。おばちゃんが買ってきてくれたクリームのおかげだ。タイ語は読めないが、これは多分ハッカ油みたいなものだろう。
安心したおばちゃんはさっきから何か話しかけている。「飲みすぎんじゃないわよ」てなことを言っているのだろうか。「あははっ」と照れ笑いをした。酒というよりトムヤムの辛さに胃がびっくりしたと思うんだけどな。道端で気分が悪くなるなんて酔っ払いみたいでカッコ悪い。でもおばちゃんのおかげで本当に助かった。
「コップンカー」
ほとんど唯一知っているといっていいタイ語でお礼を言った。そして薬のお金を払おうと財布を取り出した。するとおばちゃんは大きく両手を振って「いらないわよ」という。それはダメです、薬代はもちろん払いますとお金を渡そうとした。しかし、最後までかたくなに受け取ろうとはしなかった。その上その薬も持って行きなさいというのだ、見ず知らずの旅行者だというのに。あぜんとしたまま、でも素直におばちゃんの親切を受け取り、お礼を何度も言った。優しさが沁みてきた…。
あれからずいぶんと星霜を重ねた。ことのほか猛暑だった今年のニューヨークの夏もいつしか秋に。駅の外れにある草むらから透き通るコオロギの鳴き声は、当たり前のようにあった夏を次第に遠ざけてゆく。電車が過ぎ去った束の間の静寂、にぎやかな石ころの陰。ちょっと立ち止まって息を吸い込み、胸の奥にあの夏のハッカの匂いを思い出した。
おわり
■簡単、トムヤムクンのレシピ(4人分)
材料
エビ8尾、だし600cc、ココナッツミルク1缶、トムヤムクンペースト大さじ2、ナンプラー大さじ2、ショウガ1かけ、タマネギ1個、キノコ適量、トマト2個、コブミカンの葉2枚、ライム汁1/2個分、レモングラス1本、パクチー(コリアンダーリーフ)少々1 エビの背わたを取る。
2 ショウガとタマネギをスライス。トマトを適当に切る。レモングラスは包丁の背で軽く叩いておく。
3 沸騰したお湯にエビ以外の材料を入れ10分ほど弱火で煮る。
4 エビを加えさっと火を通す。
5 パクチーを添える。
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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