チョクロに雪が舞い降りる②
エンジンが止まってしまうと、砂ぼこりのガラス窓から素晴らしく澄んだ高原の静寂がバスの車内に染み込んできた。鼓膜をキュッと奥に押し込んでしまうような、それは果てしなく清らかな静けさに感じられた。
しばらくして、何が起こったのだろうかという空気が広がったとき、ドライバーは乗客に向かって説明を始めた。ただしスペイン語なのでよく分からない。隣にいたおじちゃんに尋ねてみると、片言の英語で「故障したんだよ」と教えてくれた。隣のおじちゃんをはじめ、乗客は皆ネイティヴ。故障のアナウンスを聞いても別段驚いた風もなかった。人里離れた山岳地帯でバスの故障は日常茶飯事なのかもしれない。それに何といってもまだ早朝ではあったし、山頂のソリッドな朝の日差しがこれでもかというくらい辺りいちめんに安心感を降り注いでいた。
乗客たちは各々バスから降り、朝の高原へ出て修理中の時間を過ごし始めた。ぼくもひと息つこうと外へ出てみた。岩や石がゴロゴロしている草原は冬の季節にもかかわらずちょっと涼しいくらいの気温で気持ちが良かった。
それにしても、そこは本当に静かだった。ときどき金属的な音がかすかに伝わってくるくらいで、バスから少し離れたところまで足を延ばすと、ほとんど音らしいものはなかった。地表から離れてゆく音が、空間を道づれに遠ざかる緩やかな時間の流れに、ぼくは暫し高ぶった心を浸すことにした。
ぶらぶらしているとちょうど平たい岩を見つけその上に寝っ転がって、この景色の持つ穏やかな波長に同調するよう試みる時間が流れた。しかし、溶けそうなくらい平和な時間なのに、かえってとても長く感じられた。
唯一動きのある雲の流れをただぼんやりと眺めているのにもそろそろ飽きてしまったとき、ドライバーの叫ぶ声が風に乗ってきた。直ったようだ。遅れないように小走りでバスへ近づいて行くと、透き通る空に遠ざかっていた時間と空間と音が戻ってきた。やはりこの方が落ち着くのかもしれない。そう言えばずいぶんと腹も減ってきているのに気が付いた。
つづく
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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