チョクロに雪が舞い降りる ④
そして快調に走っていたバスが再び停まったのは、少し希薄な大気の中へ意識がすっと落ちかけたころだった。
「あれ、またか?」
寝ぼけながらも顔を上げてことの成り行きを見守った。するとドライバーが立ち上がって乗客に説明し始め、隣の席のおじさんが「食事休憩だよ」と英語で教えてくれたのでほっとした。
ほかの乗客に続いてぼくもバスの外へ出てみた。ただ、まわりを見渡してみても、景色はさっきと大して変わりのない山脈の真っ只なか。
「ここで食事?」
もう一度見回してみると山稜に溶け込んでしまったような小屋がポツンとあった。いや、小屋ともいえないくらい簡素な建物だ。ともかく近くまで行ってみた。木の棚にあるのはペルーでお馴染みの黄色いインカコーラと駄菓子くらいで、ほかに何か食べるものがないかカウンターの奥を覗いてみると、大きな鍋が火にかかっているのが目に入った。「温かい食べ物だ」
バスを降りるとかなり冷え込んでいたので嬉しかった。何かを茹でているようだ。蓋が開けられるたび、店番の小さなおばあちゃんに寄り添うよう鍋から白い湯気が立ち昇った。湯気の中から取り出しているのはチョクロのようだ。
「ウノ、ポルファボール」
ひとつ買ってみた。チョクロは粒が親指ほどもある南米の白いとうもろこし。かぶりつくと口の中にゴロンと入ってきた。じんわりと温かい。芋のようにホクホクしていて、添えられたチーズといっしょに食べると、濃厚な旨味がチョクロの滋味によく合った。じゃがバターのようだ。
そしていつの間にか空は雲に覆われ雪が降り始めていた。乗客は白く染まりながらチョクロを食べて温まった。今朝ウサギに草を喰ませていた女の子も、お母さんから分けてもらいおいしそうに頬張っていた。
ゆっくりと降りてくる雪景色に滲むほのかな湯気。うっすらと雪の積もったバスのエンジンが再び動き始めたとき、凍みる手に残るチョクロのかすかな温もりをとどめておきたいと思った。
今でも雪になるとこの日のことを思い出す。空から白い雪が舞い降りてくると、手のひらにポッと温かみを感じる気がしてくることがある。
おわり
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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