約400校あるニューヨーク市公立高校。その中で高度な教育を行うことで知られる「スペシャライズド高校」9校のうち、ラ・ガーディア芸術高校を除く8校への入学は、「SHSAT」と呼ばれる試験のスコアのみで決定する。その試験内容が2017年の秋から1部変更になる。
変更内容の情報入手
変更は、2018年9月から入学する生徒が受験する、2017年秋(通常は10月末)実施のSHSATから適用となる。現在、公立中学7年生に在籍する子どもをもつ家庭には、学校を通して変更内容の通知(表1)と、市教育局(DOE)からの変更に伴う通達(表1下記載のDOEウェブサイトからPDF版をダウンロード可能)がなされていると思うが、現在、私立学校に在籍もしくは今後、ニューヨーク市の公立中学校に転入を控えている家庭は注意が必要だ。
最終的な詳細は6月末にDOEが発行する「2017-2018 Specialized High Schools Student Handbook」を待つことになる。前記の通達には変更後のサンプル問題のみが記載されているが、6月発行のハンドブックには、SHSATフルバージョンの「プラクティステスト」が2部併載されているので、必ず手に入れよう。公立中学校に在籍中の生徒には学校から配布されるが、その他の家庭にはDOEウェブサイトからもPDF版ダウンロードが可能。また毎年9月に開催される、ハイスクールフェアでも配布される(開催日時はDOEウェブサイトで要確認)。
変更点とその理由
試験問題変更に至った一番大きな理由はスペシャライズド高校に進学する生徒の経済的、人種的偏向の是正だ。これについては長年、批判の声が多かった。
英語の試験は、(1)「スクランブルドパラグラフ(バラバラに配置された文章を並べ替えて、筋の通る文章にする)」(2)「ロジカルリソーニング(与えられた文章から論理的推察をして答えを見つける)」(3)「文章読解」の3つのセクションに分かれていた。
しかし、(1)と(2)の問題を解く方法を公立学校では教えていない。ほとんどの生徒にとってこれらはSHSATで初めて目にするタイプの問題であるため、学校の授業以外にこれらの問題を解く方法を学び、練習するという「受験用の勉強」が必要となる。
日本の受験を知る者にはそれこそが「受験」であり、塾や家庭教師の出番になる。ニューヨーク市でも同様なのだが、経済的理由から全ての生徒がその準備をできるわけではない。加えて、これらの進学オプションの存在すら知らない環境の家庭も多い。
スペシャライズド高校に在籍する生徒の人種比率は現在、アジア系が60〜70%を、残りは白人が占め、アフリカ系とヒスパニック系、その他の人種の合格率を合計してもわずか数%で、この数字はニューヨーク市在住の生徒の人種比率に大きく反比例している。全額を公費で賄うスペシャライズド高校の高度な教育が、限られたグループの生徒に独占されることへの異議は長らく論じられており、その解決策として、全ての生徒にできるだけ平等に、スペシャライズド高校へチャレンジする機会を与えることの必要性が叫ばれてきた。
その方法の一つとして、公立学校の教室で学ぶ内容のみに沿った問題を作成し、教室で学んだことがない問題や出題形式を排除することでSHSAT受験の準備段階での格差を是正しようというのが、今回の試験内容の変更だ。
どう準備するか
しかしながら今回の改訂により、 SHSATに向けて経済的負担のかかる塾や家庭教師が必要なくなるのかといえば、はなはだ疑問だ。
SHSATで出題された「過去問」は全て非公開だ。試験準備としては、(1)「ハンドブック」に併載されている「プラクティステスト」をやる、(2)市販のSHSATの参考書や問題集を使う、(3)塾へ通う、(4)家庭教師をつける、(5)インターネットのコースを取る、(6)無料・有料の模擬テストを受ける、が代表的な方法といえる。学校によっては、塾の業者が入り、週末や放課後に試験準備のクラスを開くこともある。
これまでは、クラスの外でスクランブルドパラグラフとロジカルリソーニングの問題形式を一から学ぶ必要があった。これはひらめきや発想と、数学的ロジックの展開が求められ、学力以前に生徒の「向き、不向き」がはっきり分かれていた。しかし練習を重ねることでスコアを伸ばすことは可能とされていた。それに反して、今年から新設される「リバイシング/エディティング」では堅牢な文法力が求められるが、教室での授業をしっかり身につけていれば高スコアを得ることが可能とされる。とはいえ、英語を母国語としない家庭では、現地生まれの子どもであっても保護者のサポートには限界があるかもしない。
新しい試験は3時間休憩なしで合計114問に答える。ELAとMATHにかける時間配分も自由だ。生徒は試験会場の緊張を伴う雰囲気の中で時間配分を管理する「技術」が求められる。時間切れで最後の数問を回答できずに終わり、問題を解く能力はありながら、スコアが伸ばせずに終わるという話もよく耳にする。「学力に関わらず模擬試験の回数をこなすことがSHSATの最大の攻略法」と言われる所以だ。
低所得家庭への試験準備支援
これらのことを考えると、問題変更の目的である「全ての生徒が平等にSHSATへ挑戦できる環境」が本当に達成できるのか懐疑的な見方があるのもうなずける。市はこれに対しての対策も強化しているようだ。次回はそれらの試みを紹介する。 (文・河原その子)