摩天楼クリニック「ただいま診察中」 【3回シリーズ その2】自閉症スペクトラム障害

自閉症スペクトラム障害

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青木悠太 Yuta Aoki, M.D.
岡山県出身。2007年、東京大学医学部卒業。15年、同大大学院脳神経医学精神医学卒業。同大病院神経精神科で臨床医として研修後、登録診療医として多数の自閉症患者を診察。15年から日本学術振興会の海外特別研究員としてニューヨーク大学でASDの研究に携わる。

 先週に引き続きニューヨーク大学で自閉症(正確には自閉症スペクトラム障害、以下ASD)の最先端研究に携わっている青木悠太医師に話を聞く。
 前回はASDが遺伝子の異常に起因した脳の発達障害で、その特徴は社会的コミュニケーションの質的障害と常同、反復行動にあること、そして特効薬こそまだ開発されていないが、さまざまな新しいアプローチからこの病気の全貌が少しずつ明らかになってきた現状を学んだ。

ASDは悪いことばかりでもない
 これといった特効薬がない中で、自分の子どもが、あるいは自分がASDと診断されたら、どうやって治療すればいいのだろう?

「現在有効とされているASDの治療には、応用行動分析(ABA: Applied Behavior Analysis)のような行動療法があります。この療法では、当事者が周囲の環境を理解することが困難であることを前提に環境を調整し、当事者の学習を促します。その学習では、環境になじまない行動には注目せずに、なじむ行動を増やすことを目指します」
 「このように治療対象であるものの、ASDは悪いことばかりでもないのです。極端な例では、ASD当事者(患者)の中には、カレンダーが頭の中に入っていて何年何日と聞くと「○曜日」と正確に答えられる人や、円周率など膨大な桁数の数字をそらんじてみたり、書物の内容を何千冊分も暗記していたりと特異な才能を持つ人もいるのです」と青木先生。「いわゆるサヴァン症候群と呼ばれるものですね」。
 トム・クルーズ主演の映画「レインマン」で、他人と全く意思疎通ができない主人公の兄(ダスティン・ホフマン)が、床に落ちた爪楊枝を瞬時のうちに計数するシーンを思い出した。「ASDの症状で苦労する人が多いのは事実ですが、サヴァンとまでいかなくても、ASDの特性が当事者の生活や仕事とうまく合っている例は少なくありません。また、ASDと診断をされた当事者でなくても、野球でヒットを打ち続ける、職人技や芸術的技巧を何十年もかけて習得する、異様な集中力で猛勉強して難関の大学に合格する、といった『驚異的な偉業の達成』には、興味が限られていて変わらないという自閉傾向が助けになっていることもあります」。
 なるほど、誰でもASDのような要素を持ち得るということか。

“子どもが心地良くいられる環境に置いてあげるのが大事です。無理やりどのような環境にでもなじむように強要するのではなく、子どもが最も快適にコミュニケーションをとれるような環境を大切にしてください”

症状に合った環境に置く
 薬がなくても、悲観することはないということだろうか?

 「左記のABAのように薬がなくてもできることはあります。また最も重要なのはその人の症状に合った環境を探すことです。ASDの症状の1つは社会コミュニケーションの障害です。当事者を無理やり変えるのではなく、当事者の症状に合った社会環境(地域、家庭、学校、職場など)に当事者を置いてあげるのが最新かつ最良の対処法です。例えば、他人とのコミュニケーションが苦手な人には営業職は向いていません。でも、コンピュータのプログラミングなど内勤作業なら、他者との接触が少なく当事者へのストレスも軽減されます。しかもその人の内向的な集中力や数字に対する強さが発揮されて、いい仕事をする可能性があるのです」
 子どもや自分自身に自閉傾向が見られたらまず医者に相談するのがいい、と青木先生は言う。ASDは精神科の専門だが、精神科の扉を叩くのに抵抗がある人は、主治医や内科医でも構わない。最近の医師はASDという疾患を認識しているので、その疑いが濃厚なら、しかるべき精神科医を紹介してくれるはずだ。
 海外育ちの日本人子女は、2つの言語・社会環境を行き来するなかで、ときに戸惑うこともある。米国で英語だと他人と打ち解けているのに、日本で日本語になると社会コミュニケーションがうまくいかなくなり、それが自閉傾向のように見えたりする。またその逆の場合もある。
 「そういう場合は、子どもが心地良くいられる環境に置いてあげるのが大事です。無理やりどのような環境にでもなじむように強要するのではなく、子どもが最も快適にコミュニケーションをとれるような環境を大切にしてください。日本に帰ると自閉傾向が目立たなくなり、本人が自然に過ごせているのであれば、帰国の検討を勧めます」。
 また、当事者がなじむ環境を探すだけでなく、社会全体もさまざまな人を受け入れる包容力が必要だ。意思疎通が難しいからこそ、この障害に関しては、偏見の除去と周囲の理解が何よりも重要なのだ。

共通点多いASDとADHD(注意欠陥多動性障害)
 ASDの研究をさらに進める青木先生が最近、着目しているのは、この疾患と別の発達障害であるADHD(注意欠陥多動性障害)との類似性だ。
 ADHDの患者は注意力がないこと、落ち着きがなく(多動)、衝動的な行動を特徴とする。従来はASDとは別の疾患とみなされてきたが、ADHD患者にも「他人の気持ちが読めない」「普段は集中力がないが特定分野に関しては異様に没頭する」など、ASD症状が見られることもあるのだ。一方で、ASD当事者の一部でも多動性・衝動性や注意欠陥といったADHD症状を呈する人もいる。
 次回は、全く異なると思われていたASDとADHDの新見解について詳しく聞く。
(次週に続く)