多くのアフリカ人と同じように、ムサも奥さんと子どもを残してパリへ出稼ぎに来ていると言っていた。根っから陽気なムサが家族のことを話すときだけは、心なしかしんみりとしてしまうのはやはり寂しいからなのだろう。自分の生まれた国を離れて働くということには、皆それぞれの事情がある。
「キンデはどこから来たんだ?」
「ジャポンだよ、ニューヨークに住んでるけど」
「ジャポン?それは国の名前か?どこにあるんだ?」
「ずっと東の端っこにある島だよ」
そういえば日本はぼくにとってもう遠い祖国になってしまっているのかもしれない。
「エチオピアはどんな国?」
「いい国だよ、食べ物がおいしくてね。インジェラっていう大きなクレープに料理を少しづつ盛ってみんなで囲むんだ」
「へえー、どうやって食べるの?」
「インジェラごと料理をちぎってね、それを自分で食べるよりも他の人に取って食べさせてあ
げるんだよ」
そう言いながらムサは微笑んだ。エチオピアにはこの「ガーサ」といわれる相手に食べさせる習慣があり、それは親しみの証しなのだという。目の前に暖かな食卓を囲むムサ一家が浮かび、とても羨ましく思えた。
「22番メインはまだか!何してるんだ!」
「キャナールに火が通ってません、あと1分」
「オー、ピュトーン、アレアレー」
その日も絶え間ないオーダーにキッチンはサウナのように熱くなっていた。
「キンデ…」
「時間だ、22番を仕上げるぞ!」
刹那にロン、ブーイと視線を合わせる。
「ウィシェフ!」
高温のフライパンで色よくポワレしたフォアグラを取り出しシェリーでデグラッセ、白い熱気に芳ばしさが立つ。
「22番キャナール、ソース!」
料理を仕上げると、後ろからいつもより声を落として呼ぶムサの声がした。
「キンデ、キンデ…」
「なに、ムサ?」
汗を拭いながら振り向くと、そのままぼくはムサの手に握られている物に目が釘付けになってしまった。
「暑いだろキンデ、ほらビエールだ」
どこから調達したのかムサは雫のしたたる冷え冷えビールを、エチオピアの雲ひとつない青空のような笑顔で、ぼくにそっと差し出した。
おわり
Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
ブログ:www.ameblo.jp/nattoya
メール:nattoya@gmail.com
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