「リンパの病気」(上)
川畑公人 Kimihito Cojin Kawabata, M.D., Ph.D.
コーネル大学医学部血液腫瘍内科博士研究員。2003年九州大学医学部卒業、医師。11年東京大学大学院医学系研究科卒業、医学博士。03年から国立国際医療センター医師。11年から東京大学医科学研究所研究員、日本学術振興会特別研究員を経て16年10月から現職。専門は血液悪性腫瘍、分子生物学。
血液と同じくらい、体の危機をいち早く伝えるのが「リンパ」だ。日常生活の中でも、貧血同様、体調が悪いときによく起きる現象が「リンパ節の腫れ」である。風邪を引いたり熱が出たりすると首にしこりができる。最初は不快で心配になるが、多くの場合、放っておくと体調の改善とともに消えてしまう。だが、リンパ節の腫れの裏には恐ろしい病気が隠れている可能性もある。リンパは血液と密接な関係にある。前回に引き続き、コーネル大学医学部で血液学の研究に励む川畑公人先生に話を聞いた。
Q先生のご専門の血液内科ではリンパの病気も治療の対象と聞いています。リンパ腺とかリンパマッサージなどと、リンパという言葉は非常になじみのあるものですが、いまいち正しく理解していない気がするのです。まず、その辺りの問題からクリアにしていただきたいと思うのですが、ズバリ、リンパとは何なのでしょう?
Aはい。リンパの病気は、われわれ血液内科の範疇です。私も臨床の現場でリンパ系の病気の診断と治療に携わってきました。一般に「リンパ」とか、「リンパの流れ」などと言われるものは、医学用語では「リンパ系」、または「リンパ組織」と呼びます。
Q心臓や血管によるいわゆる循環器系と同様に、リンパ系も人体全体に張り巡らされているのですか?
Aそうです。全身の組織に体液と細胞を循環させるリンパ系は「第2の循環」と呼ばれています。みなさんよくご存知の心臓と血管による「第1の」循環である循環器系の場合は、心臓に血液が流入し、心臓(ポンプ機能)の絶え間なく規則的な収縮と拡張でもって血液を再び全身に送る循環システムで、これは1つの系統を成しています。リンパの本題に入る前に、もう少し詳しく、心臓と血液の話をおさらいしておきましょう。心臓に流入する血管は何と言いますか?
Q大静脈ですね。心臓から血液を送り出す血管が大動脈。
Aその通りです。大動脈を流れる血液は、肺での「酸素と二酸化炭素の交換」を経ており、体中に酸素を運ぶ役目を担っています。そして、これらの大血管は、枝分かれを繰り返し細動脈となり、各臓器からは細静脈として血液を運び去ります。このように動静脈は臓器組織に対する個別の流出入経路となります。これをさらに細かく見ると、枝分かれの先端に近い細動脈を経て組織に到達した血液は「毛細血管」を通過します。毛細血管の小さい集まりがやがて静脈となり、心臓へ還流する血管の系統「静脈系」を作るわけです。
Q動脈系から静脈系へ変化する部分の理解が難しいですね。一体何が起こっているのですか?
Aはい。そこがリンパの話と関係の深い部分です。組織臓器をさらにクローズアップして見ると、毛細血管というのは構造上、壁が薄く、その壁を通して自由に体液が行き来できるのです。静水圧の働きですが、これにより毛細血管から「組織液」と呼ばれる各種組織の中に含まれる体液が供給されるわけです。この「組織液」は直接、細胞と体液のやり取りをします。組織液の多くは再び血管の中に戻る一方で、一部はリンパ管を通してリンパ系に流入します。
Q血管からの体液はリンパ管にも入る、つまり血管とリンパ管は別の2つの系統でありながら、毛細血管の先の組織を介してつながっていると考えていいのですね。
Aはい。動脈静脈とリンパ管という三つ巴の管の構造は全身の組織に存在します。
Q電車に例えるなら、JR山手線と私鉄の小田急線が乗り入れしていて、両社の車両や乗客が2つの路線を行き来しているようなものでしょうか?
Aそれほど単純ではないのですが、いろんな組織でリンパが「乗り入れ」しているのは間違いありません。実は、血管とリンパ管にはJRと私鉄以上の大きな違いがあります。リンパ管には、血管における心臓のような大きなポンプ機能はなく、リンパ液は筋肉の収縮や消化管の動きによって移動するのです。
Q逆流することはないのですか?
Aリンパ管には静脈と同じような弁があって逆流を防ぐ仕組みになっています。毛細血管周辺では細いリンパ管も最終的には毛細血管と同様に太いリンパ管に合流し、左右の鎖骨の下から静脈に流入します(図参照)。
Q最終的には、血管の流れに合流するのですね。よく分かりました。血管とリンパ管は切っても切れない関係。血液とリンパ液は相互に行き来があるほど密接な関係。だからこそリンパの病気は血液内科のテリトリーとなるのですね。
Aその通りです。リンパというのは、単なる管の構造だけでなく、各臓器組織に「リンパ組織」と呼ばれる構造も持っています。リンパ組織は全身いたるところに存在しており、リンパ系の機能を司る役割をしているのですが、この組織は、しばしば大きな塊として場所を占めている場合があるのです。このリンパのまとまりのことを「リンパ節」と呼んでいます。中には体内奥深く潜んでいるリンパ節もありますが、体の表面から触れることのできるリンパ節に関しては「表在リンパ節」と呼んでいます。
Q外から触って分かるリンパ節、腫れていると異物感を感じるリンパ、つまり私たちが俗に「リンパ腺」と呼んでいる部分でしょうか?
Aはい。多くの場合は患者さんに訂正しませんが、リンパ節と呼びます。医学書でも古いものにはこの表現があるようですが、医学的にはリンパ節は腺組織(液体成分を分泌する組織)ではないので、現代では「リンパ節」が正しい呼び方です。患者さん受診する前に「腫れ物」として認識するのは、ほとんどの場合がこの表在リンパ節です。
Qいよいよ、核心に近づいてきました。では、そのリンパ節が腫れるのにはどのような原因があるのでしょうか?腫れると何か悪い病気の兆候なのでしょうか?
Aそれについては次回、詳しくお話いたしましょう。