摩天楼クリニック「ただいま診察中」 血液大全 【10回シリーズ、その6】「リンパの病気」(下)

「リンパの病気」(下)
スクリーンショット(2017-09-01 9.50.44)2
川畑公人 Kimihito Cojin Kawabata, M.D., Ph.D.
コーネル大学医学部血液腫瘍内科博士研究員。2003年九州大学医学部卒業、医師。11年東京大学大学院医学系研究科卒業、医学博士。03年から国立国際医療センター医師。11年から東京大学医科学研究所研究員、日本学術振興会特別研究員を経て16年10月から現職。専門は血液悪性腫瘍、分子生物学。

 「たかがリンパの腫れくらい」などと侮ってはいけない。リンパが腫れる裏には命に関わるような重大な病気が隠れている可能性があるのだ。「一口に悪性のリンパの病気といってもいろいろ細かなタイプがあり、それらに対応して正確な治療計画を立てる必要があります」と話すのはコーネル大学病院で血液の研究に励む川畑公人先生。今回は、危険なリンパの病気「悪性リンパ腫」についてとことん聞いた。

表在リンパ節の場所と灌流域 Up to Dateより改変

表在リンパ節の場所と灌流域 Up to Dateより改変

Q悪性リンパ腫という病名をしばしば耳にしますが、どういう病気なのかよく分かりません。がんの一種なのですか?
Aはい。悪性リンパ腫は「悪性腫瘍」の1つです。悪性腫瘍とは正常細胞が無尽蔵に増殖する病気の総称で、その中には上皮と呼ばれる細胞由来のがん腫と非上皮系の腫瘍があります。非上皮系の腫瘍は肉腫と呼ばれるものが主に含まれ、血液も非上皮系腫瘍です。医学者自身が、細胞が腫瘍化することをしばしば「がん化する」と表現するので混乱しがちですが、血液腫瘍は、がんではありません。一般的に細胞の無尽蔵な増殖以外に浸潤と転移という性質がありますが、これはがんの特徴です。 
 白血病の場合はそもそも固形の腫瘤を作らないなどの特徴から転移浸潤という考え方は通常はされません。悪性リンパ腫は造血細胞の腫瘍ですから血液腫瘍に分類されます。胃がんや前立腺がんなどのように、がんがリンパ節に転移したものとも明確に違うことも理解しておいてください。これは重要なことなのですが、悪性リンパ腫ではしばしば胃や肝臓などに腫瘤ができるため、専門の違う医師にも「固形がん」と同様に扱う議論がされてしまうことがあります。
 造血細胞とは、赤血球、白血球、血小板そのものとそれらを作る造血幹細胞や前駆細胞のことです。リンパ球も白血球の一部ですからここからできる腫瘍は血液腫瘍と言って差し支えありません。

Q悪性リンパ腫の原因は、何ですか?
A正確な原因はほとんど分かっていません。一方でリンパ腫に共通して起きている現象が腫瘍に関わる遺伝子の異常です。細胞が持つ遺伝子情報はDNAの配列で決まっていますが、この記録媒体が保存されている場所が「染色体」です。ここに何らかの原因により異常が生じることが引き金になって遺伝子異常が起きるとされていますが、その「引き金」が何なのか?メカニズムはまだ正確には分かっていません。AIDSや免疫抑制剤の内服、骨髄移植の患者など抵抗力が落ちている人は、悪性リンパ腫を発生しやすいです。また、HTLV-Iウイルス、EBウイルスなどウイルス感染によって悪性リンパ腫が引き起こされることも知られています。これらは数少ないリンパ腫の発症に関係している事象だといえます。

Q悪性リンパ腫では、リンパの腫れ以外にどんな症状が出るのですか?
A発熱、大量の発汗、体重減少。この3つは昔から悪性リンパ腫のB症状とされ、リンパ腫を評価するときの重要な要素となっています。また、悪性リンパ腫の結果生じる異常に伴う症状や異常が考えられます。例えば肝臓に浸潤する場合は、検査で肝臓の異常が認められます。骨髄にリンパ腫が入ると、貧血や血小板白血球の減少からふらつきやだるさなどの全身症状が出ます。血液の減少が著しい場合は、出血や発熱などの症状が出ることもあります。つまりは、血液の病気全体に言えることですが「〇〇の症状は〇〇病」という単純な診断は全身臓器である血液系においては特に難しく、さらに言うと残念ながら「この症状があればこの病気を真っ先に疑う」といった症状はまれだということです。不安に感じるならばまず医師に相談をすること。それが手遅れを防ぐ第一の手段です。

〝単純な診断は全身臓器である血液系においては特に難しく、残念ながら「この症状があればこの病気を真っ先に疑う」といった症状はまれです〟

Q悪性リンパ腫は「命に関わる病気」といわれますが、どのくらい危ないのですか?
A悪性リンパ腫にはさまざまなタイプがあって、タイプごとに進行のスピードが違います。組織型といわれるもので、進行の速さや治療法を正確に決定するためにはこの判断が重要です。診断の契機となる受診は必ずしも血液の診療が盛んに行われている施設とは限りません。十分な症例経験のある施設で診断/評価/治療を受ける必要があります。
 一番遅いのがMALTリンパ腫、濾胞性リンパ腫など低悪性度のもので、年単位で進行します。次がびまん性大細胞型B細胞リンパ腫など中悪性度のもので、月単位で進行します。もっともタチの悪いのが高悪性度のもので、バーキットリンパ腫、リンパ芽球性リンパ腫などがこのタイプです。週単位で急速に進行するため、迅速な治療が必要です。

Q悪性リンパ腫にはどのような治療法があるのでしょうか?
A血液腫瘍の一種ですから、固形がんのような手術療法が悪性リンパ種の治療目的で使われることはほとんどありません 。抗がん剤による化学療法と放射線療法、そして最新の分子標的療法が主な治療法です。組織型、ステージ、年齢など個別の情報によって組み合わせて用いられるのですが、一部のリンパ腫では抗がん剤の効果が十分でなかったり、65歳未満の患者で再発後に再度治療して病勢が落ち着いた場合などは、大量抗がん剤療法(自家末梢血幹細胞移植)を行ったりすることもあります。白血病よりは頻度は少ないですが、きょうだいや骨髄バンクからの造血幹細胞移植が行われる場合もあります。何とかして腫瘍細胞を根絶やしにする治療が長期生存への有効策だと考えています。

 恐ろしい病気ですが、その実態を理解すると少し安心します。次回は治療法についてさらに詳しく教えてください。