摩天楼クリニック「ただいま診察中」 血液大全 【10回シリーズ、その7】「リンパの病気(完)

リンパの病気(完)
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川畑公人 Kimihito Cojin Kawabata, M.D., Ph.D.
コーネル大学医学部血液腫瘍内科博士研究員。2003年九州大学医学部卒業、医師。11年東京大学大学院医学系研究科卒業、医学博士。03年から国立国際医療センター医師。11年から東京大学医科学研究所研究員、日本学術振興会特別研究員を経て16年10月から現職。専門は血液悪性腫瘍、分子生物学。

Q悪性リンパ腫は、胃がんや肺がんに比べると、発生件数が少ないですね。比較的珍しい病気だけに、なかなか治らないのでしょうか?
A治療に対する反応性はさまざまですが、ステージの低いものの場合、全体の統計では治療後の5年生存率が80%以上。ステージが高く、他のがんで言ったらかなり末期の部類に入るものでも、5年生存率が50%近くあります。他のがんのステージと予後の関係に比較して、「治療が効きやすい腫瘍」と言えると思います。

 長い間かけて膨大なデータを基に、安全性と有効性と副作用のバランスを考えて編み出された計画的治療が、この、いわゆる「標準治療」というものなのです

Qということは、「かなり治りやすいがん」と言えるわけですね。
Aタイプによって予後はさまざまなので、簡単に断言するのはちゅうちょしますが、全体的な統計を見ると、特に進行期の症例であっても50%が長期生存しています。ですから、「悪性リンパ腫には、抗がん剤と放射線治療への反応が比較的大きい」と言っても間違いないでしょう。他のがんでもおおむね同じですが、腫瘍を完全に体内から消し去ることが必要です。治療への反応が良いことと、完全に消し去って長期生存を期待することの間にはギャップがあることを考えなければいけません。例えば進行期で見つかったときに、長期の生存を期待して治療を進めるかどうかという意味では、他のがんと少し状況が違うとご理解いただければと思います。

 インターネット上に氾濫している極端な健康知識に左右されることなく、医師としっかりコミュニケーションを取るアプローチを心掛けてください

Q治療はかなり長期にわたるのですか?
A抗がん剤治療は薬の種類も複雑で、治療に要する期間も長いため、患者さんの中にはどうしても不安を覚える人が多いです。しかし、この治療法には歴史があります。長い間かけて膨大なデータを基に、安全性と有効性と副作用のバランスを考えて編み出された計画的治療が、この、いわゆる「標準治療」というものなのです。

Q確かに「標準治療」と聞くと、「西洋医学の薬に頼りきって副作用のきついQOL(生活の質)の低い治療」みたいなネガティブなイメージがありますね。それゆえに代替医療を選んでしまうケースもよく聞きます。
Aそこが問題なのです。抗がん剤は日々進歩していますし、投与する薬の組み合わせ、投与量、スケジュール、回数、副作用対策などは先ほどお話ししたように客観的なデータの蓄積と比較を基に初めて患者さんに用いられるものです。
 また、低悪性度の悪性リンパ腫を中心に詳細な検討の結果として、抗がん剤の副作用に耐え合併症を生き延びても長期生存期間に治療側による有効性が見当たらない場合は「慎重な経過観察」といって、治療をせずに定期的に評価をして治療が必要なタイミングが来ていないか確認するといった治療を選択することもあります。病気のタイプや患者さんの体力などを考えて、残念ながら完全に治す治療から撤退することも標準治療のガイドラインには組み込まれています。
 西洋、東洋医学という言葉についても少し言及すると、西洋医学なので体に悪くて東洋医学なら副作用が極小で自然の摂理に叶っているという極めて大雑把な一般論を取ることは危険だと断言しておきます。それによって治療のタイミングを逃したりして助かるものが助からない、QOLも含めてメリットが大きいはずの治療を受けないでいることは大変残念です。
 生命装置である細胞において起こることに、海の西だとか東だとかの由来の差でいかなる治療でも無条件に悪い反応と良い反応が起こるという考え方は、医学や生物学の根幹を否定するものです。医学は人の生命の良質な維持を目的として、治療を受ける人の思いや、病気と治療双方による苦痛などを加味して進化してきたものです。長い歴史の中で些細なものを含めて膨大な検討をされて根拠を持って行われることが現代医療の基本中の基本です。
 また、真剣に医療を行うコミュニティーにおいては、生存率、副作用、QOLなど何か問題がある治療であれば常に、それに取って代わる新たな標準治療が検討され続けます。その中で、東西や自然か人工物かというだけで一方に不公平な扱いをすることはできません。
 繰り返しになりますが新しい標準治療とはそのような科学的な環境で倫理を最大限に考慮して開発されていくのが現代社会です。ブラックジャックのように診療所で天才が思いついて奇跡を起こして治療を開発することはありません。医師と十分に検討して、治療計画を立てれば、現時点で最も理に叶った方法を取ることが可能です。日本やアメリカの医療はこれまでに述べたことが絵空事ではなく日々実践されることを期して整備されています。 読者の皆さんも、どうか、インターネット上に氾濫している極端な健康知識に左右されることなく、医師としっかりコミュニケーションを取るアプローチを心掛けてください。

Q最後に、悪性リンパ種を予防する方法はあるのですか?
A基本的に日常生活で予防する方法はありません。むしろ前述したように、治療法さえ正しければ抗がん剤や放射線照射が効きやすい血液腫瘍なので、早期発見が一番です。
 リンパと思われる場所にしこりがあって、『風邪を引いてもいないし近くに傷口もないし…おかしいな』と感じたらまず病院を訪ね、医師に診てもらってください。

*次回からは、さまざまな血液の病気について解説します。