摩天楼クリニック「ただいま診察中」 血液大全 【10回シリーズ、その10】その他の血液の病気(下)

その他の血液の病気(下)
ketsueki170900
川畑公人 Kimihito Cojin Kawabata, M.D., Ph.D.
コーネル大学医学部血液腫瘍内科博士研究員。2003年九州大学医学部卒業、医師。11年東京大学大学院医学系研究科卒業、医学博士。03年から国立国際医療センター医師。11年から東京大学医科学研究所研究員、日本学術振興会特別研究員を経て16年10月から現職。専門は血液悪性腫瘍、分子生物学。

コーネル大学医学部血液内科で研究する川畑公人先生に血液の病気に関して徹底解説していただく本シリーズも今週で最終回。血液大全の締めくくりは「白血病」について聞く。

Q「白血病」は「不治の病」といったイメージと直結していますね。
A私たち医師にとっては困ったことなのですが、小説や映画の中で、白血病は命に関わる「重病」としてたびたび登場します。どうも作家や映画監督は病気の真相を問わずに、何でもいいから死が避けられない病気として悲劇の主人公に白血病をくっつけておきたい(笑)みたいですね。そうした白血病の理解は間違っています。その誤りが元で、実際に白血病を発症したときにさまざまな問題を引き起こします。今回は正確な白血病のイメージを血液内科医の立場から明確にしておきたいと思います。

Q端的に言って、白血病とはどんな病気なのですか?
A定義としては「血液の構成細胞が腫瘍化したもの」です。

Q構成細胞とは、本シリーズで繰り返し出てきましたが、「赤血球」「白血球」「血小板」の3つですね。その中の白血球が腫瘍化したものが白血病なのですか?
Aいいえ違います。そう思われがちですが、白血病では骨髄内の血液細胞のどの成分でも腫瘍化することがあります。腫瘍化とは、細胞が制御できないくらいに増加することです。白血球だけでなく、赤血球や血小板系のものもあります。このことを正確に理解するためには血が作られる過程、造血幹細胞、分化、増殖などを理解しておくことが必須です。

Q造血の仕組みの理解が必要なのですね。
Aはい。血液は骨髄の中で作られますが、この造血というイベントを子細に見ると、これは全ての血液の元になる種の細胞=幹細胞(造血幹細胞)が3種類の血球のどれになるか、運命が分かれます。これを「分化」と呼びます。

Q造血幹細胞がどの血球になるか?そこには運命のようなものがあると?
Aはい。造血のプロセスを見ると①幹細胞 ②まだ未熟な細胞(前駆細胞)③最終的に分化して役割が決まった細胞というようにステップがあって、この分化の一方で増殖(細胞を増やす)という現象も起こるのです。

Q分化と増殖、これが造血のキーワードですね。
Aそうなんです。健康な体では、これが厳密にコントロールされています。ところが、この2つが正常の機能を失って暴走することがある。これが血液の腫瘍化であって、すなわち白血病なのです。

Q一口に白血病といってもさまざまなタイプがあると聞きましたが。
Aはい。リンパ球によるものを「リンパ性白血病」と呼び、リンパ球以外の血球によるものは「骨髄性白血病」、これには赤血球系や血小板系のものも含まれます。また、病気の速さによる分類があって、比較的進行が緩慢な「慢性白血病」には「慢性リンパ性白血病」と「慢性骨髄性白血病」があり、週単位で悪化し緊急治療が必須となる「急性白血病」には「急性リンパ芽球性白血病」と「急性骨髄性白血病」があります。

Qリンパ性は前回からのお話もあり、イメージも湧きますが、「骨髄性」の白血病について詳しく教えてください。
A先に述べた慢性と急性の他に骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍という類縁疾患もあるのです。ここは複雑なので省略するとして、治療が特徴的な慢性骨髄性白血病について説明しましょう。これは2000年代に入って新しい治療法が実現化され、目覚ましい効果を上げています。

Q治りやすくなった血液のがん、というわけですね。一体どのような治療法なのですか?
A分子標的療法と呼ばれるものです。慢性骨髄性白血病の場合、ほとんどの患者の血液腫瘍細胞の中の「9番と22番の染色体」の間で転座(染色体の一部がちぎれて他の染色体に結合した状態)という異常が特徴的にみられます。これらの染色体の変化によって異常な遺伝子の組み合わせが生じます。これによって、異常なタンパク質ができ、本来刺激がないと増殖しない細胞が、刺激なしでも常に増えるようになってしまいます。この白血病の原因はこの遺伝子異常だということが判明しました。

Q分子レベルで発がんのメカニズムが分かったのですね。
Aそうです。こうなると次は治療法です。この遺伝子異常だけを標的に分子レベルで直接攻撃する抗がん剤の開発研究が行われ、誕生したのがイマチニブ(商品名:「グリベック」)です。米国でも日本でも2001年に承認を受けています。

Q効果のほどは?
A控えめにみても90%近くの症例で腫瘍細胞をいったん、見えなくします。この状態を「寛解」と呼びます。その後再発しないかの経過観察は必要ですが、この数字は驚異的です。これは病気の原因検索から始めて分子レベルでそれを理解し、治療法を編み出したという人類史上初の快挙なのです。

Q驚くべき進歩ですね。薬で問題になる副作用は?
A湿疹やむくみなどの他に貧血が問題になることがあります。特徴として既存の抗がん剤のように他の組織は影響されにくく、継続的に吐き気止めなどが必要な既存の抗がん剤の副作用よりは数段対処がしやすい印象です。しかも内服薬なので投薬が楽で、高血圧や糖尿病の場合と同じように、患者さんは毎日決まった時間に服用するだけです。もちろん、効果が持続しているかを確かめる継続外来は必須です。

Q白血病はもはや「死に至る病」ではない。目からウロコです。
A早合点してはいけません(笑)。分子標的治療法は今のところ一部の白血病に効果的なのであって、進行の早い急性骨髄性白血病などの場合は、根気よく点滴による抗がん剤を使って徹底的に白血病細胞を叩く治療が必要で、それらの多くのものは、過去数十年来変わらない治療法しか選択肢はありません。
 ただし、先ほど述べた通り、分子レベルで発病メカニズムが分かってきましたから、今後、急性白血病の治療にも分子標的治療法がどんどん応用されていくでしょうね。

 そうなると、いよいよ困るのは「不治の病」に頼っていた小説家と映画監督、ということですね。
 先生、10回にわたる血液のお話は、とてつもなく「濃く」て、大変参考になりました。おかげで私たちも「血を見る」のが怖くなくなりました。(了)