ウエイターの最低賃金時給は2ドル13セント
もともとチップ制度というのは、18世紀の欧州から始まったという。サービスのお礼として、「これでお酒でも飲んでください」との意味合いで、小銭を渡したのが起源と言われている。それが、いつからアメリカで一般化したのかはわからない。
ただ、アメリカにおけるチップは、日本のように「心づけ」というものではけっしてない。なぜなら、ウエイターやホテルのボーイなどの接客業の給料は「最低賃金+チップ」となっているからだ。つまり、接客業の人々は、チップがないと生計が成り立たないのである。「おもてなし」は、心遣いではなく、生活のためなのである。
現在、アメリカでは、連邦政府が定める最低賃金は時給7ドル25セントとなっている。ところが、レストランのウエイターやウエイトレスなどの接客業では、最低賃金時給が2ドル13セントに抑えられている。この時給で働く人間は、要するに「足りない分はチップで稼ぐこと」を前提に雇われているわけで、「サービスが悪いからチップを払わない」となると、彼らは暮らしていけなくなる。
日本の接客業では、従業員はお辞儀から始まって言葉遣いにいたるまで、細かく「おもてなし」の教育を受ける。そして、それが実行されないと、雇用主や現場マネージャーから厳しい叱責を受ける。しかし、アメリカでは叱責など必要ない。「おもてなし」をしないと暮らしていけないのだ。
飲食店のチップ、バーのチップ、美容室のチップ
ここまで主にレストランのチップについて述べてきたが、タクシーの運転手、ツアーガイド、ホテルのコンシェルジュ、ベルボーイなどのチップは、また別の計算をするので、ここでは細かく触れない。ただ、飲食関係でもっと言うと、ファストフードやデリカテッセンなどではチップはない。ただ、ビュッフェスタイルのレストランでも、たいていの人間は10%は置いている。また、ピザなどのデリバリー(配達)は初めからデリバリーチャージとして料金に2ドル加算されているのに、配達員に1、2ドル渡している。
ちょっと厄介なのは、バーやパブだ。たいてい、注文した飲み物1杯につき1ドル~2ドルは必ず渡す。この場合、運んできたウエイトレスか、カウンターバーならバーテンダーに渡すことになる。
話は少々それるが、女性にとって厄介なのが、エステやヘアサロンだろう。私の家内や娘は、いつも悩んでいる。どこのサロンでもチップの目安はレストランと同じ20%だが、最終的に合計額にチップをのせて払うケースは少なく、サービスを提供してくれた人間に直接渡すケースのほうが多い。しかも、ヘア、ネイル、エステなど全部やってもらえば、ヘアスタイリスト、ネイリスト、エステシャンそれぞれに渡さなければならない。 「まあ、それはそれでいいんだけど、1度その人にその額をあげると、次にいくらひどくてもその額を上げなければならなくなるから、なんかちょっとね」と、娘は言う。
ホリディチップで給料の半分がすっ飛ぶ
さらに、娘が悩んでいたのが、住んでいるアパートのコンシェルジェやドアマンなどへのチップだ。よほどの高級アパートでなければ、彼らのほとんどは移民で安い給料で雇われている。そのため、ホリディシーズンの前には住人は、日頃のサービスへの返礼としてチップを渡す(クリスマスチップ、ホリディチップと呼ばれている)。この額をいくらにするか、誰に渡すのかで、悩むのだ。
娘のアパートの場合、コンシェルジェが5~6人いる。1人がヘッドで、受付ブースに交代で勤務している。また、ドアマン、メールボックスと配達荷物の管理係、メインテナンスなどを含めたら、多分30人以上のスタッフがいる。この人たちに、住民はチップを払うのだが、全員一律で最低額の20ドルを払っても600ドル以上かかる。
もちろん、20ドルというわけにはいかない。去年のクリスマス前に悩んだ娘は、ジムで知り合った何年も住んでいるという婦人に聞いたところ、こんな答えだったという。
「ドアマンには20ドルでいいかもしれないけど、コンシェルジェには50ドルをあげている。ヘッドコンシェルジェには100ドルよ。よくしてもらいたいならカードもあげたほうがいいわよ」
こうして娘の給料は、約半分がすっ飛んだ。
マンハッタンのアパートでは12月に入ると、メールボックス脇にチップの受取人のリストが置かれるところがある。住民はそれを見て、1人1人のチップの額を決め、それを手渡ししたり、カードと現金を入れた封筒をつくってまとめてヘッドコンシェルジェに渡したりしている。
「これをけちると、あとがいやだから仕方ない」と、娘は嘆いていた。
チップの額は、住んでいるアパートによって大きく異なるという。富裕層が住むアッパーイーストサイドの高級アパートでは、1人につき最低500ドルのところもあるという。トランプタワーだといくらなのか、誰か取材して教えてくれないだろうか?(つづく)
【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
この続きは、10月24日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
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