「アメリカファースト」で覇権は縮小する
それにしても、トランプ政権は、ここまでデタラメをやりながら、よく持っているほうだ。それはおそらく、一般のアメリカ人が心の奥で、アメリカを支配するエスタブリッシュメントを嫌っているからだろう。軍産複合体、ネオコン、ユダヤ金融などのエスタブリッシュメントは、素朴なアメリカ人がもっとも嫌う人々だ。トランプは一見すると、これらのエスタブリッシュメントと戦っているように見える。だから、支持率は一定のところで下げ止まる。
しかし、エスタブリシュメントたちと対立してアメリカが世界覇権を放棄するようなことになれば、一般のアメリカ人ひいては世界の多くの人々が不幸になる。
よって、私はアメリカの世界覇権が続くことを望み、そういう政策をとる政治勢力を支持している。世界中の国々が平等で協力し合う「多極化世界」などあり得ない、無意味だと、私は思っている。なぜなら、それは単なる「混沌」を意味するからだ。
ところが、アメリカ国内にもアメリカの単独覇権(ワンワールド)を嫌う勢力がいる。トランプがやっていることは、どちらかと言うとこちらに近い。トランプは「アメリカファースト」をやっているつもりなのだろうが、じつはそれはアメリカ覇権の縮小に繋がっている。
TTPからの離脱により、環太平洋地域からの中国の影響力を弱くすることができなくなった。パリ協定からの離脱で、環境問題におけるリーダーシップを失った。さらにNAFTAの見直しなどで、アメリカ大陸におけるアメリカの影響力まで後退させている。つい最近、トランプは、国連機関であるユネスコからの脱退を決めた。これもまた信じられないことだ。国連はアメリカの思うようにはならないが、それでも露骨な国連敵視策をとると、国連を弱めるのでなく、逆に、アメリカ抜きの国連が世界を運営していくようになり、アメリカのほうが孤立して弱体化してしまいかねない。
トランプは自覚なしに覇権の低下を招いている
私が、トランプでは中国に対抗しきれないと思う最大の理由は、この大統領がすぐにツイッターで反応するからだ。中国の指導部の人間たちは、けっして腹の中をさらけ出したりしない。感情を吐露することはない。彼らは手の内を知られることをいちばん恐れる。
ところが、トランプはどうだ? トランプは感情むき出しに、ありのままを吐露する。これまでトランプは、北もロケットマンに対して、何度、いまにも先制攻撃しそうなツイートを繰り返しただろうか? おそらくトランプは、歴代大統領のなかで、いちばん好戦的な発言を繰り返している。北朝鮮ばかりではない、イランに対しても同じで、トランプは核協定を離脱して経済制裁を強めると脅かしてきた。
しかし、今日まで彼はその言動と行動を一致させただろうか? 言いっ放し、口先だけではなかったか? 要するに、選挙戦と同じく過激なことを言っているだけだ。そうすれば視聴率が上がるという「単純なアタマ」しかトランプは持っていない。
すでに、世界中がこのトランプの性格を見透かしている。あのロシアのプーチンも完全にトランプを舐めている。ドイツのメルケルも、英国のメイもそうだ。習近平も当然、そうだ。トランプの行動は、アメリカの信用を失わせているだけなのだ。
中国にとってはトランプのように、自覚なしに覇権を低下させてくれる大統領は大歓迎である。
2020年でトランプの任期は終わる
話を戻して、習近平政権は強化され、習近平体制は2022年まで続くことになった。これに対して、トランプの任期は2020年までである。まさか、次の大統領選に出馬して8年間やるなどと言いださないと思うが、ないとは言えない。ただ、出馬したとしても、次の民主党の若手候補に敗れるだろう。
そうして誕生した新アメリカ大統領は、トランプの覇権放棄政策を修正して、もう1度、アメリカを世界のリーダーたる輝かしい覇権国に戻さねばならない。そうでなければ、中国の思うつぼである。多極化世界は一見すると素晴らしい世界に思える。しかし、日本のような国がサバイバルするにはもっとも難しい世界である。どの勢力につくかで、国家の命運は決まってしまうのだ。
総選挙が終われば(編集部注:本記事の初出は10月17日)、この国では、いよいよ憲法改正問題が現実化するだろう。しかし、アメリカの一般国民は、日本の憲法問題に関心も知識もない。さらに尖閣諸島など、どこにあるかも知らない。ここを中国が獲ったからといって、日本を助けようなどとはけっして思わない。日本の危機は深まる一方だ。(前編終わり、後編につづく)
【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
この続きは、11月10日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。