薬物依存症(上)
大山栄作 Eisaku Oyama, M.D.
ニューヨーク州立マンハッタン精神病センター精神科医。安心メディカル・ヘルス・ケア心療内科医。1993年東京慈恵医科大学卒業。2012年マウントサイナイ医科大学卒業。米国精神医学協会(APA)会員。日本精神神経学会会員。日米で10年以上の臨床経験をもつ。
数ある「心の病気」の中でも薬物依存症とアルコール依存症に関しては、インターネットでもマスコミでも頻繁に取り上げられている。どちらも「自分は大丈夫」「自分の周りにはそういう人はいない」と他人事のように捉えがちだが、実は仕事上の失敗や失恋、親族友人の喪失などをきっかけに依存症にかかる例をよく耳にする。また米国では薬物の過剰摂取で命を落とす事故も多い。薬物依存とは何なのか? ニューヨーク州立マンハッタン精神病センターと安心メディカルで臨床治療に当たる大山栄作医師に話を聞いた。
Q薬物依存と聞くと治る見込みのない重大な病気のイメージですが…。
Aまず、薬物依存もアルコール依存も同じ依存症です。前者の中の一番多い症例として後者が含まれると考えてください。アルコール依存症に関しては、あえて後の回にまとめてお話するとして、今回は、薬物依存症の話から始めましょう。
Qそもそも、どのくらいの症状で「依存」と見なされるのですか?
A依存の定義には2つあって、①量が増えていく、いわゆる乱用ですね。そして②離脱症状=禁断症状が出てくる。この2つが起こると「依存」です。
例えば、今シリーズで登場するさまざまな薬物の中でもマリファナには心理的な依存はあっても離脱症状はありません。またマリファナに関しては1970年代から研究論文が多く出ているのですが、人体にとって悪影響はなく、むしろ脳細胞が活性化され、抗うつ剤の1つとして治療の現場で使われるなど薬効も認められています。
Qいわゆる医療用マリファナですね。ニューヨーク州を含む全米各州で認可されています。ストリートでもマリファナの煙の匂いが漂っていたりして、事実上、解禁の感があります。
Aはい。ところがマリファナからコカインや覚せい剤などもっと強いドラッグへ移行するパターンが多いのが問題です。多分、マリファナの敷居の低さゆえに、同じような軽い気持ちで危険度の高いドラッグにも知識がないままに手を出すのではないでしょうか?
Q日本人でもマリファナを普通に愛用する人にときどき出会います。
A意外ですが、在留邦人の薬物依存もけっこう多くて、マリファナから入るケースが目につきます。しかも日本人は体質的に薬物に弱いのか、マリファナしかやっていないのに被害妄想の症状が出たりする患者さんも少なくありません。
Q簡単に手に入るからといって軽く見てはいけないのですね。
A特に危ないのが、街のスモークショップなどで売られていた合成マリファナ、通称「K2」です。去年、大流行しました。効果は天然のマリファナよりはるかに強く事故が多発しています。非常に安価で紙巻タバコのような体裁ですが、喫煙すると体温が上がり、昏迷状態になります。同時に吐き気が強く、僕の患者の中でも、吐瀉物のせいで呼吸困難を起こし亡くなった人が2人います。さらに、日本人の患者さんで、このドラッグの影響で被害妄想が出た人もいます。彼の場合は、「隣のプエルトリコ人が自分の悪口を言っている」と思い込んで大変だったのですが、あるとき、「ん? でも日本語で悪口言ってるぞ。これは妄想か?」と気づいて僕のところに駆け込んできたのです。
Qニューヨークのみならず米国社会には、日本と違って薬物がまん延している印象があるのですが、そう考えてよいのですか?
Aよいと思います。とにかく安いです。お酒やタバコより安価です。そして酒タバコを嗜むのと同じ感覚でドラッグを娯楽=レクリエーションとしてやっています。うつ病で僕のところに診察を受けに来た日本人の患者さんで、こちらの大学を出て普通に生活しているお嬢さんがいるのですが、コカインとエクスタシー(MDMA)、スペシャルK(ケタミン)の3種を併用していました。この3つを使っている若者が非常に多いです。
”依存の定義には2つあって、①量が増えていく、いわゆる乱用ですね。そして②離脱症状=禁断症状が出てくる。この2つが起こると「依存」です。“
Q皆さん、何がきっかけでドラッグと関わりを持つのでしょう?
A若い人はクラブが多いです。コカインとマリファナはたいてい大学のパーティーなどで出回りますね。米国の文化なのかもしれませんが、結局、親が違法と知りながら隠れてやっていたりするのを子どもたちは小さいころから見ているのでしょう。あるいは親が全くやっていなければ、身近な友達の影響で始める子も多いです。日本でタバコが広がっていくのと同じです。でもタバコよりも薬物の方が使用者のパーセンテージは高いと思います。
Q薬物が「社会的に悪い」という意識はないのですか?
A多くの薬物は売買も使用も違法にもかかわらず、残念ながらその意識は欠落していますね。せいぜいパーティーで嗜むくらいであとは普通の生活に戻れるから問題ないだろう、と思ってしまうのですね。
Q「嗜み程度」から依存症になる、その境界線はどこにあるのですか?
Aやはり最初は心理的なものだと思います。誰でも日常のストレスはありますよね。特に米国は日本以上に厳しい競争社会で、余裕のある人が少ない。大学生も勉強とローン返済で頭がいっぱいで趣味を持つ暇もない。ストレスを発散する手段が薬物しかない、ということですよ。何か楽しいこと、自分が打ち込めること、といったらそっちに行くしかない。マリファナにしろコカインにしろ薬物はものすごい多幸感をもたらしますから、一番楽しい。これ以上に楽しいことがないので、結果的にドラッグにはまってしまう=依存という流れなのです。
薬物が至上の多幸感をもたらすメカニズムとは? そしてそれが常習化したときに人体や脳にどんな影響を及ぼすのか? 次週はそのあたりについて教えてください。
(つづく)