連載⑱ 山田順の「週刊 : 未来地図」憲法改正前に知っておくべきこと(前編1)なぜアメリカは「平和憲法」をつくったのか?

 ついにトランプ大統領が来日し、日本政府と安倍首相の思惑通り日米同盟が磐石であることが世界にアピールされました(編集部註:本記事の初出は7日)。しかし、本当にそうでしょうか? 現行憲法があるかぎり、実際の有事にどうなるのかはまったくわからないのです。
 そこで今週から憲法について絶対に知っておくべきことを詳述します。前回の総選挙で自公が圧勝し、いよいよ憲法改正が視野に入ってきた現在、このことは私たち国民にとって最重要な歴史的知識です。

「私たちが日本国憲法を書いた」が常識

 トランプ大統領が昨年の大統領選挙戦中に日本の核保有を容認する発言をしたことを覚えている人は多いと思う。彼は「アメリカは世界の警察官はできない。アメリカが国力衰退の道を進めば、日韓の核兵器の保有はあり得る」と、『ニューヨークタイムズ』紙(NYT)のインタビューで述べたのである。
 いまとなっては、トランプ発言は酒場のオヤジ発言と同程度とわかっているので、取り立てて騒ぐことではない。しかし、その後、この発言を批判したバイデン副大統領(当時)の発言は、日本人にとって聞き捨てならないものだった。
 バイデン氏は、ヒラリー候補の応援演説で、「私たち(アメリカ)が(日本を核武装させないために)日本国憲法を書いた」とはっきりと言ったのである。さらに「(トランプはこのことを)学校で習わなかったのだろうか?」とも言い、「トランプは核兵器発射コードを知る資格はない」と批判したのだった。
 このバイデン発言は、一般的なアメリカ人の日本観を表している。すなわち、日本の憲法はアメリカがつくったということ。それによって、日本は武力放棄したということが、アメリカ人の常識だということだ。なぜなら、バイデン氏が言ったように、アメリカ人はこれを学校の歴史の時間に習っているからだ。アメリカの中学生が一般的に使っている歴史教科書『The American Pageant』『The American Nation』などでは、「日本の憲法はマッカーサーによってつくられた」と端的に述べられている。

「平和憲法が平和をつくった」という“信仰”

 ところが、この明々白日な事実が、日本では素直に受け入れられない。まず、右派・保守・改憲派だが、アメリカが憲法をつくったことに不満を表明し、自主憲法制定を唱えている。いわゆる「押しつけ憲法論」だが、この認識は間違ってはいない。ところが、左派・リベラル・護憲派となると、とんでもないことを唱えている。それは、憲法があたかも日本国民自身が望んでできたものだとして、憲法からアメリカの影を追い払ってしまうのだ。そして、第9条を神格化し、絶対に守るべきだと主張し、日本国憲法は「平和憲法」だと言うのである。
 この左派・リベラル・護憲派の姿勢は、じつは改革を望まない、現状を守り抜こうとするわけだから、本来なら「保守」と呼ばなければならない。ところが、日本ではそうは呼ばず、保守とリベラルが逆になってしまっている。このねじれ現象とリベラルの主張は、北朝鮮危機が深まったいまも、まったく変わっていない。
 さらに驚くのは、日本のリベラルと称する人間たちが「日本が戦後70年以上平和だったのは憲法のおかげだ」と主張することだ。「平和憲法があったので日本は平和だった」と、彼らは本気で思っているらしい。
 これは、なんら合理性のない“トンデモ信仰”の類だから、いくら話し合っても、問題は解決しない。北朝鮮危機に現行憲法が役立つはずがないことを彼らは認めない。
 ここで、はっきり書いておくが、日本の平和が保たれたのは、憲法のおかげではなく、アメリカ軍が日本に駐留し、アメリカの「核の傘」が日本を守ってきたからである。日本の平和をつくってきたのは、アメリカなのである。

憲法をつくったアメリカが憲法を批判

 ところが中国が拡張政策をとり、北朝鮮が核開発を進めて核保有国になると、アメリカ軍の日本駐留及び核の傘は、平和をつくれない状況になってきた。アメリカという抑止力が効果薄になってきたのである。
 そればかりか、当のアメリカですら北のICBMの脅威に直面することになった。こうなると、“平和をつくれない”平和憲法は、まったく意味をなさなくなる。それが、現在の状況である。
 今年の5月、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)は、オピニオン欄に「Japan’s Constitutional Gamble」(日本の憲法ギャンブル)という記事を掲載した。この記事は、北朝鮮や中国の脅威が高まっているいま、日米は共同して防衛と抑止に努めなければならないのに、日本の憲法がそのためのリスクになっていると、暗に日本を批判していた。つまり、憲法第9条が集団防衛を阻んでいるというのだ。
 このWSJ紙の主張は、アメリカの一般的な国民と、その声を代表する議員たちの代弁と考えていい。その証拠に、たとえば、民主党のブラッド・シャーマン下院議員は「日本は私たちが攻撃されても憲法を口実に助けようとはしないから、私たちは尖閣諸島を守る必要はない」と主張した。大統領候補だったころのトランプと同じ考え方である。いわゆる「日米同盟不公平論」だ。
 日本国内の言論を見ていると感じないかもしれないが、「平和憲法」があることで、アメリカの日本に対する不満は高まっているのだ。

日本占領の最大の目的は国体崩壊と武装解除

 WSJ記事、そしてブラッド・シャーマン議員のような意見を知れば、誰もが、アメリカ人ですら日本国憲法に大いに不満を抱いているのがわかるだろう。トランプがいみじくも指摘したように、アメリカにとって日本国憲法は、なんの利益ももたらさないからだ。
 となると、普通に考えてアメリカにとってまったく不利な日本国憲法を、なぜ、アメリカがつくったのか? 現代の若者たちは、大いに不思議がるだろう。
 しかし、これは不思議でもなんでもない。1945年、憲法が草案された当時のことを振り返ってみてほしい。当時、マッカーサーが、日本占領の最大の目的としたのが、日本が二度とアメリカに刃向かうことがないように国体(国家体制)をつくり替えることだったからだ。つまり、日本から戦争する能力を奪うことが、日本国憲法の当初の目的だったのである。
 では、そのために、アメリカは何をしただろうか? それは、敗戦まで続いてきた大日本帝国政府を崩壊させ、日本人の天皇崇拝を止めさせるために、憲法制定が日本国民自身の意思によるものだということを明確に打ち出すことだった。そしてその次に、日本国民に、あらゆる武力を放棄さるために、憲法にその条項を明記することだった。こうして、憲法前文と第9条ができたのである。(つづく)

 
 

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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

この続きは、11月10日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。