連載㉓ 山田順の「週刊:未来地図」憲法改正前に知っておくべきこと(後編2)じつはリベラルではなく保守が憲法改正を阻んできた!

自分たちで国を守らなくていいという「うまい話」

 再軍備を拒否しながら、いやいやそうする。そうしてできた軍隊を、今度は憲法改正によって積極的に容認し、日本も「フツーの国」になろうとするのだから、もはやこの矛盾は収拾がつかなくなっている。
 当時、吉田が再軍備を否定したため、サンフランシスコ平和条約による西側諸国との講話とともに、日米同盟が成立した。日米安保条約の締結である。
 日米安保条約はアメリカが日本を守るという「片務条約」だが、こうならざるをえなくなったのは、吉田のずる賢ささがあったからだ。在日米軍が日本をほぼ“永久占領”することを認める代わりに、日本は軍備を最小限で済ませられる。そして、経済復興だけに専念できる。こんなうまい取引はなかった。
 しかし、そのおかげで、自衛隊に日本を防衛する義務はなくなり、アメリカ軍がその義務を負うことになった。こんな非対称な軍事同盟は、歴史上ありえない。
 このような歴史を見れば、護憲運動の本質が、「憲法を守る=平和を願う」ということではないことがわかるだろう。やっている人々は、本気かもしれないが、これを「平和を愛する国民の意思」として利用すれば、日本人は安全保障と平和への負担から免れられる。政治家は、政治の最大の目的である「国民の安全」を考えなくていい。こんなうまい話は、どこの世界にもない。
 こうして70年以上も「安閑」として続いてきたのが、日本の戦後、すなわち日本国憲法の歴史である。

日本自身が戦争放棄を望んだという「嘘」

 左派・リベラル・護憲派というのは、こうした歴史上の事実、ことの本質を一切無視できるのだから、本当に幸せな人々である。だから、マッカーサーの書簡などを検証した最近の研究で、戦争放棄は幣原喜重郎首相が提案したものだったという説が出ていることに、喜んで飛びついている。なぜなら、これがもし事実なら、「憲法はアメリカのお仕着せではなかった」と、主張できるからだ。
 たしかに、マッカーサーは、日本側から戦争放棄の提案があったようなことを書いている。しかし、幣原がそれを提唱したのは、天皇の命を守るために、自身が「狂人」となって戦争放棄を言えば、マッカーサーが許してくれるだろうと考えたとする説もあるのだ。
 いずれにせよ、幣原のような政治家が、いくら戦争に負けたとはいえ、自ら国家主権を放棄するに等しい売国奴的なことを言い出すであろうか?
 単純な話、敗戦国の首相が、戦勝国の命令に逆らえるわけがない。幣原による第9条提案説は、マッカーサーがついた? と考えるのが自然だろう。なぜなら、当時、すでに朝鮮戦争が勃発しており、前述したように、マッカーサーは日本に対する占領政策を180度転換しなければならなかったからだ。
 それで、第9条を事実上放棄させるために、これをアメリカの押し付けではなく、日本の意向を入れたものとカムフラージュしたのだろう。

日米同盟でもっともトクをしてきたのは日本

 いずれにせよ、憲法第9条があることで、もっともトクをしてきたのは、アメリカではなく日本である。日米同盟というのは、日本人にとっては国家主権のない属国化を固定したものであるから、まともな国民、政治家なら不満を表明して当然だ。
 しかし、そんな日本の不満より、アメリカの不満のほうがはるかに大きい。なぜなら、自分たちの力で守らなくていいという国を、アメリカが肩代わりして守ってやらなければならないからだ。アメリカ軍の兵士たちは、事が起これば、日本人のために血を流さなければならないのだ。
 本来なら、アメリカはもっと早い時点で、韓国、日本から撤退するべきだった。そうして、安全保障を、日本なら日本人自身に任せ、そのうえで同盟関係を再構築すべきだったのだ。
 ところが、これをしなかったために、日本人の狡猾な罠にはまってしまった。一方の日本は、安全保障のただ乗りに慣れてしまい、数年前まで、保守派、右派ですら憲法改正を積極的に言わないできた。
 日本のずる賢さは、政府見解が長い間にわたって、「集団的自衛権は行使できない」とされたことで明らかだろう。
 アメリカの核の傘があるかぎり、自衛隊は国内の自衛戦力だけで十分だったからだ。しかし、中国が拡張政策を強化し、北朝鮮が核保有国になってしまえば、この戦略は通用しない。
 なぜなら、アメリカは中国とは事を構える気はないし、北朝鮮の核開発を、いまのところ軍事力で阻止しそうもない。おそらく、極東になにかあれば、アメリカは韓半島も日本も見捨てるだろう。(つづく)

 
 

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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

この続きは、12月4日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。