摩天楼クリニック「ただいま診察中」(連載28) 心の病気 【10回シリーズ、その5】うつ病(中)

うつ病(中)
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大山栄作 Eisaku Oyama, M.D.
ニューヨーク州立マンハッタン精神病センター精神科医。安心メディカル・ヘルス・ケア心療内科医。1993年東京慈恵医科大学卒業。2012年マウントサイナイ医科大学卒業。米国精神医学協会(APA)会員。日本精神神経学会会員。日米で10年以上の臨床経験をもつ。

日本でも米国でも心の病気の中で一番よく耳にするのがうつ病(depression)だ。芸能人が過労で「うつ」になって自殺したとか、年老いた母親が突然「うつ」を発症して何も食べなくなった…あるいは友人が「うつ」で休職中、といった話は日常的に飛び込んでくる。ちょっとした不安や倦怠感までも「プチうつ」と称して病気扱いする風潮すらある。一体「うつ」とはどのような病気なのか? どのような治療が必要なのか? どうしたら予防できるのか? マンハッタン精神病センターと安心メディカルで精神病の治療に当たる大山栄作医師(心療内科)に臨床現場から見たうつ病の実態について聞いた。

Q一流の外資系証券会社でバリバリ仕事をする日本人女性が突然、心身の不調を訴えて先生の診察室を訪問。毎週のロサンゼルス出張で睡眠もろくに取れずボロボロだったそうですね。
Aはい。一目見て完全な「うつ病」と判断しました。日本人で優秀な人は外資系で責任の重いポジションに就くと働きすぎる傾向にあります。この人の場合も、「キミならできるはず」「日本人なら当然こなせる」といった上司からの期待が大きかったようで、激務を拒絶しきれなかったのです。

Q同僚から心配されたりしなかったのでしょうか?
A全くなかったようです。外資系は仕事一辺倒で「ガス抜き」がなかなかできない。相談する相手もいなかったのです。

Q先生は治療に当たってどのような措置を講じたのですか?
A食べ物も喉を通らず1週間で5キロも痩せるほどの重度でしたから、迷わず抗うつ剤の処方を考えました。でも、その前にドクターストップをかけたのです。

Qドクターストップ? 仕事を強制的に休ませた? ボクシングで言えばリングにタオルを投げ入れる「試合中止」と同じ介入行為ですね。
Aはい。通常はあまり取らない作戦なのですが、僕が彼女の勤務先に手紙を出して「ロサンゼルス出張はできればやめてほしい。日中に規則正しい生活ができる部署に転属させてほしい。時差のないところで少なくとも一日5時間は睡眠時間が取れるように」と要請したのです。それが通りました。

Qまずは睡眠確保ですね。その上で抗うつ剤を処方した。「抗うつ剤」とはどういう薬なのですか?
A基本的には脳内物質セロトニンを増やす作用があります。いろいろな種類があって長年の間に進歩しています。70から90年代は三環系抗うつ剤が中心でした。セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンを総称してモノアミンと呼ぶのですが、モノアミンの「再取り込み(=消化吸収)」を阻害して、伝達物質の量を減らさないようにする薬です。効果は強力ですが、モノアミン以外にもアセチルコディン(人間の覚醒に必要な物質)などにまで作用してしまい、その結果「喉が渇く」「眠気」「尿閉(膀胱内に尿がたまり、尿意があるにもかかわらず排尿できない状態)」「めまい」などの副作用を誘発しやすく、大量に服用すると命に関わることもありました。ところが最近になってセロトニンの再取り込みだけを阻害するSSRIという薬が開発されています。効果も大きく、副作用も少ないため現在では、このタイプがうつ病治療薬の第一選択になっています。

QSSRI抗うつ剤は高い効果があるのですか?
Aあります。うつが悪化するとひどい肩こりを発症したり味覚がなくなったりしますが、SSRIによりセロトニン量を増やしてあげることでそうした症状はみるみる改善します。味覚が戻ると食欲も回復。食べれば生活パターンにも規則性ができ、睡眠時間も増え、ひいては神経伝達物質の分泌も促される…といった感じで次第に回復に向かっていくわけです。ただしSSRIという薬剤は分子構造が違うものがたくさんあって、構造が症状に合わないと効果が出ない場合が多い。なので、合致するSSRIが見つかるまで医師が薬を変えることになります。患者さんにとっては不安ですが、合う薬は必ず見つかるので辛抱してください。

Q結局、先生が診察されていた日本人女性患者は、うつ病から立ち直ったのですか?
Aはい。ドクターストップと抗うつ剤の効果で、見違えるように元気になりました。
 出張をやめさせたのは良かったと思います。彼女の場合は、回復後に「やはりニューヨーク式の激務は体に合わない」とご自分で判断され、日本に帰国しました。それからは全くうつの問題はないそうです。

Qニューヨークはうつを発症しやすい土地柄なんでしょうか?
A残念ながらその要素はあるので注意した方がいいですね。日米の文化的な差異もさることながら、冬季の日照時間の短さはビタミンDの欠乏も招き、それが気分を沈みがちにさせます。夏に日が長いのも睡眠不足の原因になります。

Q先ほどの女性ほどでなくても「よく眠れない。自分はうつ病ではないか? リグファストのチェックリスト(前回参照)にも当てはまる項目が多いし…」などと不安になる在留邦人は少なくないと思います。うつ病の疑いが心をよぎったらどうしたらよいのですか?
A軽いうつ的症状のある患者さんには、まず誘眠剤を処方して睡眠パターンを修正しますね。また、不安になるような原因や理由を抱えている人はそれを「利害関係のない」他人に話してみることです。

Q家族や友人ではなく?
Aはい。家族にはかえって話しにくいことが多いと思います。職場や学校の仲間に打ち明けるのも難しいでしょう。一番いいのはカウンセラーや医師に話を聞いてもらうことです。

Qカウンセラー制度は米国の方が進んでいると聞きます。
Aはい。米国人は実に気軽にカウンセリングに行きます。ニューヨークに住んでいるのならこの慣習を利用しない手はありません。というのも、日本は心の病のカウンセリング時間が極端に短いのです。10分から多くても15分。初診でも15分で話を聞いて薬まで出さなきゃならない。その点、米国は少なくとも30分、長ければ1時間かけてじっくり話を聞いてくれます。

 とはいえ、うつ病は決して簡単な病気ではありません。放置して重症化すると命取りになる場合もあると聞いています。次回はうつ病と自殺の関係について実例を交えて聞かせてください。
(来年1月5日号に続く)