連載㉘ 山田順の「週刊:未来地図」なぜアメリカと日本はここまで違うのか?(後編1) ニューヨークのトイレがウォシュレットになる日

 前回に続いて、日米の違いについての考察の2回目をお届けします。
 先月からニューヨークに長期滞在してつくづく思ったことがいくつかありますが、そのうちの1つが、なぜ、アメリカではウォシュレットが普及しないのかということです。実際、アメリカのトイレはどこに行っても、ウォシュレットではありません。
 ウォシュレット愛用歴30年、ウォシュレットを日本が生んだ素晴らしい発明の1つと思っている私としては、これは本当に残念なことです。なぜ、アメリカではウォシュレットが受け入れられないのでしょうか?

5つ星ホテルでさえウォシュレットではない

 ニューヨークは、東京のように公衆トイレが多くない。地下鉄網が張り巡らされているのに、地下鉄のトイレといったら、タイムズスクエアやグランドセントラルなどの大きな駅にしかない。街中の公園にも、大きなところを除いて公衆トイレがない。そのため、街で“自然が呼ぶ”と、トイレがあるホテルやカフェ、公共施設に飛び込むことになる。
 そうしてわかったのだが、どこもかしこもトイレがウォシュレットではないことだ。5つ星ホテルのどこに行っても、トイレは単なる水洗トイレである。たとえば、グランドセントラルのそばの「グランドハイアット」、6番街57丁目の「パーカーメリディアン」、タイムズスクエアの「ウエスティン」などにはよく駆け込んだが、いずれもフツーのトイレだった。
 公共施設のトイレもそうだ。「ニューヨーク・パブリック・ライブラリー」のトイレもよく使わせてもらったが、単なる水洗トイレだ。これは、レストラン、カフェでも同じだ。
 結局、ウォシュレットがあるのは、私が知っているかぎり、日系のホテルや飲食店だけである。ホテルなら「キタノホテル」、飲食店なら「酒蔵」「鳥心」「博多トントン」「スシ・オブ・ガリ」などだ。
 しかし、ホテルだけでいうと、ハワイの5つ星ホテルはほとんどウォシュレットである。たとえば、あの「トランプ・インターナショナル・ワイキキ・ビーチウォーク」でさえ、ウォシュレットである。ただし、アメリカといってもハワイだけは例外で、ロサンゼルス、シカゴ、ヒューストンなどの大都市のホテルやレストランで、私はウォシュレットに出会ったことはない。また、アメリカの一般家庭のトイレにウォシュレットは普及していない。

水洗式トイレの普及とウオッシュレットの登場

 ウォシュレットは、もちろん、 TOTOの製品名である。LIXIL(旧・伊奈製陶、INAX)では「シャワートイレ」と呼んでいる。ただし、一般的な正式名称は「温水洗浄便座」と言って、これは、洋式水洗便器に設置して、温水によって肛門を洗浄する機能を持った便座のことを指す。
 ただし、ウォシュレットのほうが通りがいいので、この原稿ではすべてウォシュレットで通す。
 前記したように、私はウォシュレットの大ファンで、トイレで用を足すとき、ウォシュレットでないと、すっきりした気分になれない。だから、外出先でトイレに入ったとき、ウォシュレットでないと本当にがっかりする。
資料によると、日本で洋式水洗トイレが普及し始めたのは、1959年に日本住宅公団が採用したことがきっかけだという。TOTOによると、和式便器と洋式便器の出荷台数が逆転したのは1977年。また、温水洗浄便座は、もともと欧米で医療用として販売されていた製品を、1964年に輸入販売したのが始まりという。
 そうして、1967年に伊奈製陶により国産化され、1982年に、いまにつながるTOTOのウォシュレットが発売された。
 私は昭和30年代(1955年以降)に幼少期を送ったが、当時、自宅のトイレは汲み取り式だった。公園、役場、図書館などの公共トイレ、映画館、レストランなどのトイレもみなそうだった。そのため、街ではバキュームカーをしょっちゅう見かけた。それが、1964年(昭和39年)の東京オリンピックごろから大きく変わり出し、洋式の水洗トイレが普及し始めた。
 そうして1980年代、ウォシュレットの登場は、私には衝撃的だった。CMで流れる「お尻だって洗ってほしい」に感化され、自宅トイレをウォシュレットにしてみると、トイレで本当にリフレッシュできるようになった。
 以来、私はトイレはウォシュレットでないと落ち着かない。

水洗トイレの普及と経済成長は連動する

 トイレの水洗化、そしてウォシュレット化は、このような私の体験、そして時代の流れから見ると、経済発展のバロメーターのように思える。日本でも海外でも、トイレの清潔化、水洗化は、経済成長と連動している。
 たとえば、水洗トイレの普及率は、GDP成長率より重要な経済指数であると私は思うが、一部の先進諸国をのぞいて正確な数値データはない。日本では、僻地ではいまだに「汲み取り式」のところがあるが、水洗トイレの普及率は90%は超えているだろう。アメリカも欧州もそうだ。
 しかし、タイ、ベトナム、フィリピンなどのアジア諸国を歩いてみると、いまだに水洗トイレは都市部を除いて普及していない。これは汚水を処理する下水道の普及が大幅に遅れているからだ。下水道普及率はタイで約20%、ベトナムで約30%、フィリピンで約40%とされている。下水道が普及し、水洗トイレが増え、そうしてウォシュレットが導入されれば、人々の暮らしはもっと豊かになる。

 国連によると、世界では約25億人が家庭にトイレを持っておらず、不衛生な環境が原因で死亡する5歳未満の子どもの数は毎年75万人以上に上るという。さすがに、アジア圏はこの状況を脱したが、それでも、貧しい地域に行くとトイレは汚い。とくに、インドはひどい。トイレのない人口が5億人に達するという。       (つづく)

 
 

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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

この続きは、12月12日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。