ソーダファウンテンでコカ・コーラを楽しむ女性たち（1946年ケンタッキー州フロイド郡で撮影）photo: Russell Lee
清涼飲料水の材料、クエン酸製造に成功
南北戦争（1861〜65）による戦場での薬品需要に助けられたファイザー社は一段と飛躍する。虫下しの糖衣錠から始まった商品もショウノウ、硫石酸、ヨード、水銀などラインアップを増やし、1868年には本社屋をブルックリンからウォール街近くに移転した。そして80年、次なる大ヒットはクエン酸の量産である。
クエン酸とは、柑橘類に多く含まれる有機化合物だが、この年、ファイザー社は、レモンとライムの濃縮液からクエン酸を製造する技術を開発した。クエン酸はさまざまな薬品や食品に使われるが、この時代、特に大きな需要を産んだのは清涼飲料である。
米国での炭酸飲料の商品化はすでに19世紀初頭に始まっていた。1830年代には、「ソーダファウンテン」と呼ばれる炭酸水サーバーが登場。人工炭酸水の技術も進歩し、19世紀の後半になるとそれまで氷を使っていた冷却システムがガス式に取って代わり、いよいよ清涼飲料が米国人の日常生活に欠かせぬものとなる。ソーダファウンテンはどんな小さな町でも薬局（ドラッグストア）に必ず併設され、老若男女が集う「バー」のような存在になっていた。ソーントン・ワイルダーの戯曲「わが町」（1938）はウィリアム・ホールデン主演で映画にもなった（1940）名作だが、主人公たちが「大事な話」をする場所がソーダファウンテンだった。劇中に登場するソーダアイスクリームは日本で言うところのクリームソーダ。これも1874年にペンシルベニア州フィラデルフィアのファウンテンで偶然、発明されたそうだ。
話が脱線したが、そんな清涼飲料がブームだった19世紀末。南北戦争帰りの医師や薬剤師がこぞって新しいフレーバー作りに挑戦する。なぜか南部州からの起業が多かった。その代表がルイス・ペンバートン。元南軍少佐にして薬学の心得があったペンバートンは終戦後しばらくジョージア州アトランタで薬剤師として働いたがさしたる功績もなく、清涼飲料水ビジネスに方向転換。86年５月にようやく満足いく製法を発見した。名前がなかったので仕事仲間で帳簿係のロビンソンに相談したところ、彼は原料の名称を２つつなげ、流麗な筆致でこう書いてくれた。「コカ・コーラ」。
ファイザー創始者の1人、チャールズ・ファイザー
品質第一で米国最大の薬品会社に
世界中で知らない者がいないこのソーダ飲料の必須材料が「クエン酸」である。あのコーク特有の清涼感はクエン酸があって初めて実現できた。コカ・コーラに先んじて85年に世に出た「ドクターペッパー」（考案者はバージニア州出身の薬剤師。商品化はテキサス州ウェーコ）も、やはりクエン酸なくては成立しない。
クエン酸景気で米国最大の薬品会社に成長したファイザー社。91年には共同経営者のチャールズ・エルハルトが他界。創業者で社長のチャールズ・ファイザーは、エルハルトの息子ウィリアムが相続する予定の資産25万ドル相当を評価額の半額で買取り、経営を一本化。会社相続を巡る混乱を難なく回避した。
99年の創業50周年記念式の壇上から、当時75歳だったチャールズはこんなメッセージを残している。
「わが社のゴールは不変だ。それはお客様に最高品質の製品を提供するために、最も効率の良い技術を使って生産すること。それに尽きる。ファイザーを支えてきたのは高い評価。その評価の理由は、君たちの飽くなき品質向上に対する努力だ。50年後に創立100周年を祝うために忘れてならないのは、『品質第一』というキーワードである」
20世紀に向けた渾身のメッセージを残したチャールズは1906年にこの世を去ったが、同社は19年に発酵プロセスによるクエン酸の量産に成功。これが現在のクエン酸製法の主流にもなった他、実は20世紀前半に同社の世界的地位を不動にしたある薬品の製造のための下地ともなった。（12日号完結編に続く）
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Pfizer
1849年ニューヨーク市で創業。2016年度の営業利益は147億ドル（1.64兆円）。日本を含め全世界に営業拠点を構える世界一の製薬会社。グローバルヘッドクォーター（世界本社）は42丁目と３番街の角。開発部門本部はコネティカット州グロトンにある。
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取材・文／中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」（NTV）、「住めば地球」（朝日放送）、「ニューヨーカーズ」（NHK）、「報道ステーション」（テレビ朝日）、「プラス10」（BSジャパン）などがある。
