パニック障害(上)
大山栄作 Eisaku Oyama, M.D.
ニューヨーク州立マンハッタン精神病センター精神科医。安心メディカル・ヘルス・ケア心療内科医。1993年東京慈恵医科大学卒業。2012年マウントサイナイ医科大学卒業。米国精神医学協会(APA)会員。日本精神神経学会会員。日米で10年以上の臨床経験をもつ。
これまで6回にわたり代表的な「心の病気」である薬物依存とうつ病について、心療内科医の大山栄作先生(マンハッタン精神病センター、安心メディカル勤務)に話を聞いてきた。どちらの障害も気分や性格に由来するものと思われがちだが、実は、脳内神経伝達物質の異常が引き起こす病気であることが理解できた。「心の病気」とは、正確には「脳の病気」であって、その治療法は日進月歩で進化している。今週からは、同じ脳の病気の1つ「パニック障害」について紹介する。
Q「パニック障害」とはどのような病気なのでしょうか?
A何の前触れもなく突然、動機が激しくなり、脈拍が異常に多くなり、汗が出て体が震え、場合によっては呼吸が苦しくなり、めまいがするといった症状も出ます。あまりにも突発的で、しかも心筋梗塞や脳溢血に似た発作なので、患者は非常な不安を覚え、「死ぬのではないか」と文字通りパニックになるわけです。ところが通常、この状態は早ければ5分、長くても20から30分でおさまります。救急車を呼んで病院に駆け込んだころには症状が消えて、内臓や循環器を検査しても「何の異常もない」といったパターンが一般的です。
Q突然襲いかかる発作が特徴なのですね。
Aはい。「パニック発作」ですね。これが繰り返し起こるのですが、一度経験するとその不快感を覚えていますから、命に別状はないと知りながらも「今度はいつ来るか?」と日常的に不安な状態が続きます。これを専門用語で「予期不安」と呼んでいます。
Q発作時の「死の恐怖」と平常時の「不安」。一見すると「気分」や「気の持ちよう」の問題で、「自分がなんとか頑張れば大丈夫」みたいな考えになりやすいですね。
Aそうなんです。ところがこの不安がなかなか取り除けない。特に「予期不安」が進行すると、今度は、「発作に襲われたときに恥ずかしい」と思うようになったり、他人に迷惑をかけたくないばかりに大勢の人がいる場所や公共の場所に行くのが怖くなったりするのです。また、過去に発作を起こした場所を通るのも怖くなる。これを「広場恐怖」「外出恐怖」と言います。社交性が失われ、自宅や狭い場所に引きこもりがちになり、そのまま「うつ病」に陥るケースも少なくありません。
Q「パニック発作」→「予期不安」→「広場恐怖」の悪循環が不安を助長し、悪化すると「うつ病」になる。恐ろしいですね。一体、何がパニック障害の原因なのですか?
Aまだよく分かっていないのが現状ですが、今シリーズの主役でもある脳内神経伝達物質セロトニンの分泌不全が原因なのではないかといわれています。不安や発作に関係するのは、もう1つの脳内物質ノルアドレナリンなのですが、セロトニンにはこれを抑える働きがある。そのセロトニンの分泌が不十分で2つの物質のバランスが崩れることによってパニック障害が起きると考えられています。なので、後で詳しくお話しますが、セロトニンが増加するような治療を行うことで、症状は改善します。
Qさらに深く知りたいのですが、その脳内物質のバランス崩壊はどうして起きるのですか?
Aさまざまな理由がありますが、大きな原因の1つはストレスでしょう。
Q競争の激しい現代生活ではいろいろな局面でストレスにさらされます。ただでさえ生き馬の目を抜くようなニューヨークにあって、在留邦人は英語や文化の壁にも直面するので余計にストレスの影響を受けています。大山先生を頼って安心メディカルにやって来る患者の中にもパニック障害で困っている人は多いのですか?
A多いですね。この病気は日本国内でも増えていますが、ニューヨークの「心の病」の中でも近年とみに発症が増加している障害の1つだと思います。
Q男性と女性のどちらに多くみられますか?
A一般に不安障害は女性に多いといわれていますが、実際は、男女ほぼ同数です。
Q年齢別でみたときの特徴はありますか?
Aはい。若い人が多いですね。ストレスの影響を受けやすい20代が一番多いのですが、中には中学1年生の女の子もいて、この患者の場合、突然、激しい腹痛と下痢に襲われるといって相談に来ました。調べてみても案の定、消化器には異常の原因が見つからない。でも、お腹の発作が怖くて外に出られない状態が続き、さらに不安と気分の低下が助長される…これは、内科では過敏性大腸症候群に分類される病気ですが、パニック障害と同じですね。亜型と考えられます。なので、原因はセロトニン不足だと判断し、適切な治療を施したところ症状は改善しました。
Qニューヨークの患者さんに特徴的なストレスの原因はありますか?
Aうつ病の回でもお話しましたが、日本とのビジネスに携わる人、国内出張が多い人は、やはり時差が遠因になっている場合が多いです。時差のある環境で仕事を続けるとメラトニンがうまく体内時計のリズムを決められなくなり、セロトニンの正常な分泌を阻害する。それが引き金になって、ノルアドレナリンの不安増長を抑制できなくなり「パニック」という流れはあると思います。
Qパニック障害の診断はどのようにしてつけるのでしょうか?
A米国の場合、本シリーズでも度々登場する精神障害の診断基準DSM-5(米精神医学協会編Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders , Fifth Editionの略称)を参考にします。このガイドラインによるとパニック障害の定義は「1カ月に2回以上パニック発作があること」とされています。他にも診断の決め手となる13の項目があります(表を参照)。
ありがとうございます。これで、万が一パニックに襲われてもパニックにならない心の準備ができました。次回は、パニック障害の治療について教えてください。