連載39 山田順の「週刊:未来地図」もはや付ける薬がないトランプ このままアメリカは世界に見放されてしまうのか?(下)

ルールではなく武力が支配する世界になる

 北朝鮮の核の脅威、そして中国の拡張主義の脅威に直面している日本にとって、このような思慮のないアメリカ大統領は、百害あって一利なしである。
 ここまでくるくる変わり、言動が信じられないとなると、日米同盟は履行されない可能性が強くなる。なにしろ、すでにTPP、パリ条約から離脱、NAFTAも破棄すると言い出し、ユネスコは脱退しているのだ。
 思えば、去年の9月の国連総会の演説で、トランプは北朝鮮を「ならず者政権」(rogue regime)と呼んで、激しく非難した。それなのに、ちょっと情勢が変わると、「おそらく金正恩とは非常にいい関係にある」と言い出すのだから、中国もロシアも真面目に経済制裁しないのは当然ではないだろうか。
 もし、このままトランプが北の核を容認することになったら、世界はどうなるだろうか? 国際ルールを無視し、国連決議によって制裁を受けても、結局は許されるのである。許されれば、北は間違いなく核を輸出して、外貨に替えるだろう。つまり、アメリカの覇権は消え失せ、世界は秩序なき多極化世界になる。その世界は、ルールではなく武力が支配するのだ。これは日本にとってもっとも歓迎できないシナリオ。安全保障の危機である。
 そう考えると、アメリカ大統領と韓国が本来やるべきことは、北朝鮮の五輪参加拒否ではなかっただろうか。なんで、平和の祭典に彼らを呼び、その参加を歓迎するのか、理解に苦しむ。
 一部メディア、一部専門家は、今回の対話路線転換を歓迎している。彼らは、ともかく戦争さえ起こらなければいいという考え方で、このようなエセ平和主義は、相手を利するだけだ。ロケットマン金正恩の高笑いが聞こえてくる。いま、彼は、本当に笑いが止まらないだろう。

なんと英国のメイ首相に説教を垂れる

 トランプがアメリカ大統領になって以来、私は、国際政治を真面目に考える気がしなくなってしまった。アメリカ経済に関しても、トランプが大統領ということを含めて考えるとなると、どうでもいいと思うようになった。
 これは、世界中の国のリーダーたちも同じではないだろうか。トランプと真剣に話し、交渉しようというリーダーは、おそらくいない。というか、もはや完全に彼を軽蔑、見放していると思える。とくに、欧州のリーダーたちはそうだ。
 まずは、英国のテリーザ・メイ首相。昨年暮れ、英国の極右グループ幹部が投稿した一連の反イスラム動画を、トランプはリツイートした。これを知った報道官が、トランプに非難声明を出すと、トランプはすかさずツイッターで、こう反論した。
「テリーザは私ではなく、英国内で進行中の破壊的なイスラム過激派のテロに集中しろ」
 これは、一種の説教であり、余計なお世話である。しかも、首相をテリーザとファーストネームで名指しだ。トランプは昨年1月、ホワイトハウスを訪れた彼女と首脳会談をした後、彼女の手を握って歩いた。明らかに好意を示したわけだが、メイにとってはいい迷惑だろう。英国はアメリカの父、同盟国である。少なくとも、歴代大統領で英国に説教を垂れた人物はいない。

メルケルは無視でフランス大統領夫人には色目

 トランプは、ともかくセクシーな女性が好きだ。これまでの3人の夫人、そしてセクハラをされたと訴えた女性たちを見れば一目瞭然だ。だから、ドイツのアンゲラ・メルケルに対してはなんの興味も示さない。
 昨年3月のメルケルとの首脳会談時の撮影では、記者の求めに応じてメルケルが手を出して握手を求めたのに、完全に無視した。もっとも、メルケルはトランプに比べたら何十倍も利口で、知に長けた政治家だから、トランプを心の底から軽蔑している。
 2017年7月、フランスを訪問したトランプは、39歳で大統領になった若きリーダー・マクロンの夫人ブリジットに会うと、その体をじろじろ見て、「すばらしいスタイルだ。肉体的にすばらしい。美しい」と言い放った。これには、各方面からセクハラ、女性蔑視として批判が殺到した。トランプにとっては、国際政治の舞台であろうと、プライベートの席であろうと、みな同じなのだ。
 欧州のリーダーたちを呆れさせ、エルサレムをイスラエルの首都と承認したことでアラブ諸国の怒りを買い、前記した「便所国家」発言で、中南米、アフリカをも怒らせたトランプ。彼は、国境に壁をつくると言ってメキシコの大統領エンリケ・ペニャニエトも怒らせ、NAFTAの再交渉を要求してカナダの若きリーダー、ジャスティン・トゥルドーまでも呆れかえらせた。もこうなると、総スカン状態である。

ロシア、中国だけはトランプを大歓迎

 しかし、世界で2国だけ、トランプを歓迎している国がある。ロシアと中国だ。前のメルマガにも書いたが、トランプはプーチンに関してほとんどツイートせず、1度たりとも批判したことはない。また、習近平に対しては、就任前にはあれほど中国を批判していたのに、2017年4月にフロリダの別荘に習近平を招くと、「われわれのケミストリー(相性)はすごくいい。互いに好意を持っている。私は彼のことがとても好きだ。彼の妻もすばらしい」とほめちぎり、以来、ほとんど批判していない。
 その結果、プーチンは経済制裁を受けているのに、やりたい放題で、ウクライナ占領地域をロシア化し、中東ではイランと組み、シリアでアサドを支援して、アメリカ、欧州、サウジアラビア、トルコなどの力を駆逐してしまった。また、習近平は、「一帯一路」をアメリカに干渉されることなく推し進め、アメリカを北朝鮮危機に釘付けにして、南シナ海を事実上手に入れてしまった。
 トランプは昨年11月に北京を訪れ、故宮を案内されるなど大歓待を受けた。そうして、総額2500億ドルを超すディールを中国との間に成立させた。しかし、それは単なる覚書で実行が確約されたものではない。それなのに、トランプは得意がってこれを自慢、習近平を絶賛したのである。
 習近平はトランプと違って口が重い。余計なことは一切言わず、失言はしない。しかし、相当口がうまのだろう。トランプはコロッと騙されている。プーチンも習近平と同じく口が重い。そういう2人にとって、トランプほど与しやすい相手はないだろう。
 いったい、トランプはいつまで大統領を続ける気なのだろうか? 当選したときはまさかと思ったというのに、最近は、もう1期やると言っているらしい(もっとも周囲は相手をしていないが)。本当に、悪夢である。
(了)

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
 
 

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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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