連載50 山田順の「週刊:未来地図」株価暴落後の世界 なぜNYダウ、日経平均は暴落したのか?(下)

リーマンショックで
FRBはなにをしたのか?

 それでは、ジェイミー・マッギーバーの指摘に沿って、リーマンショック後の世界を振り返ってみよう。
 リーマンショックはサブプライムローンという住宅ローンの危機から始まった。アメリカ発のサブプライムローンは証券化され、世界各国の投資家へ販売された。しかし、それがとんでもないジャンク債だとわかって価格が急落、リーマン・ブラザーズを倒産に追いやったのである。
 慌てたアメリカ政府とFRBはなにをしたのか?なんと、日本の量的緩和と同じ「非伝統的政策」(前例のない政策:untraditional monetary policy)を導入し、市場に大量にドルを供給するとともに、FRBが銀行に資金を貸し付けるときのフェデラルファンドのレートを事実上ゼロにしたのである。こうすることで、民間が負った借金を吸収し、それによって供給されたドルを企業などが低コストで調達できるようにしてしまったのだ。
 この量的緩和で、たしかに危機は去った。住宅、株などの資産価格の下落に歯止めがかかり、2000年代半ばまで続いた経済の上昇基調が戻ってきた。しかし、これは「非伝統的政策」と言うように、病気にたとえれば根本治療ではない。カンフル剤を大量に投与して病状を覆い隠したに過ぎなかった。

MITコンセンサスが
バブルを起こしている

 要するにFRBはドルを大量に刷って、市場にある債務を引き受けてしまった。そうして、債務者を救ったのである。しかし、救うために使ったドルは、新しく刷ったドルなのだから、再びバブルが起こるに決まっている。資本主義は市場で成り立っている。ならば、その市場の自動調整機能に任せれば、住宅価格も株価も最終的には底を打つ。FRBは、それを強制的にストップさせてしまった。
 金融危機というのは、バブルによって上がり過ぎた金融資産が実体経済に合うように下がることと言うことができる。つまり、FRBは量的緩和によって、再びバブルに戻してしまい、アメリカ経済、世界経済に必要だった健全な調整の機会を奪ってしまった。
 これは、日本もまったく同じだ。現在の日本には市場の自動調整機能は存在しない。株価は官製相場になり、国債金利は抑圧されている。これは大きく言うと、資本主義ではない。実体経済と金融機能が噛み合っていないからだ。
 現在、世界の中央銀行の政策のメインストリームは、ローレン・サマーズ前財務長官が唱えた「長期停滞論」(Secular Stagnation)が基本になっている。
 簡単に言うと、「バブルがないと経済はマイナスの自然利子率に陥ってしまうのでバブルを容認する」というもので、これを「MITコンセンサス」と呼んでいる。MITはマサチューセッツ工科大学の略称で、サマーズをはじめ世界の金融はMIT人脈(=バブル容認派)で成り立っている。ベン・バーナンキ前FRB議長もマリオ・ドラギ現ECB総裁も、サマーズの教え子だ。
 このMITコンセンサスが、金融緩和や金融抑圧をやると言っていい。つまり、いまの世界は、中央銀行が積極的にバブルを起こしているのである。

政府が経済に
介入すれば市場は歪む

 景気は循環する。不景気、好景気を繰り返す。だからバブルが発生しては弾ける。そして、資本主義にバブルは付き物である。と、このように考えている人は多いと思う。専門家もこのように考えて、経済や株価に関して発言している。しかし、それは大きな間違いだ。
 なぜなら、現在の世界に、純粋な意味で資本主義は存在しないからだ。アメリカにしても日本にしても、そして欧州にしても、量的緩和がいい例で、政府・中央銀行が、経済活動の根本である金融に常に介入している。資本とはマネーのことだが、そのマネーを政府・中央銀行は大量に市場にバラまいて、市場を歪めている。そうして、バブルを起こしている。バブルは循環して発生して弾けるののではなく、政府・中央銀行がつくり出しているのだ。
 そもそもなぜこんなことになってしまったのだろうか?それは、1972年にニクソン元大統領が金本位制を破棄した(ニクソン・ショック)からだ。以来、FRBはいくらでもドルを刷れるようになり、各国の中央銀行もこれに追随した。いまや、実体経済と無関係に世界中にマネーが溢れている。
 オーストリアの経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、中央銀行が景気循環の元凶だと初めて指摘した。福祉国家などの大きな政府は必ず経済に介入し、景気を悪化させるとして、これを批判した。しかし、いまだに世界中の政府は経済に介入することを止まない。それが、政府の役割だと勘違いしている。
 金利を見れば、もし政府・銀行が介入しなければ、これは借り手と貸し手の間の需給バランスで市場が決定する。ところが、ここに政府・中央銀行が介入して低金利にしてしまえば、市場に実際の需要以上のマネーが溢れて、実体経済を見えなくしてしまう。膨れ上がっていた債務は隠され、見せかけの好景気がつくられる。
楽観の中で成熟し
幸福感の中で消えた上げ相場

 というわけで、今回のNYダウの暴落後の世界を展望すると、しばらくは、市場は元には戻らないと言える。現在の混乱は、見せかけの好景気の“見せかけ”が剥がれるまで続くだろう。
 NYがそうなら、東京市場も同じだ。東京は官製相場だから、政府・日銀が再び大規模介入してくれれば、底を打つ可能性はある。しかし、それはバブルの崩壊を新しいバブルで覆い隠すことだから、本質的な解決にならない。こういうことを繰り返す先に待っているのは、ハイパーインフレで、そのときが本当の調整となるだろう。
 最後に、偉大な投資家2人の格言を記しておきたい。まずは、ジョージ・ソロス。
  「私は市場システムが人間の取りきめた他のすべてのものと同じく、もともと欠点を抱えたものであると信じている。この信念が私の個人的哲学や、私のファンドの成功の基礎にあると言える」
 次は、ジョン・テンプルトンの言葉。
 「強気相場は、悲観の中に生まれ、懐疑の中に育ち、楽観の中で成熟し、幸福感の中で消えていく」
 約9年にわたる上昇相場は終わった。アベノミクス相場も終わった。これらの相場は、実体経済を反映したものでなかったのだから、その反動は大きい。とりあえず、今後の株価が向かうのは、NYダウで2万ドル、日経平均で1万8000円ではないかと予測するが、どうだろうか?
(了)

 
 
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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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