連載54 山田順の「週刊:未来地図」オリンピックとナショナリズム (完) なぜ選手は国のために戦わねばならないのか?

経済、ビジネス、投資ではマイナスに

 ここで視点を変えてみよう。
スポーツはいいとして、ナショナリズムは私たちの生活にそれほど大事だろうか?
 じつは、ナショナリズムは、経済、ビジネス、投資などの面では、はっきり言ってマイナスにしか作用しない。すべての活動が国境を超えて展開されるこの時代、国益などにとらわれていては、なにもできない。むしろ、大損する。
 たとえば、個人投資家の立場にたてば、日本株だろうが、NY株だろうが、上海株だろうが、投資に見合うリターンがあればいいのである。日本経済が停滞しようが、不況になろうが、そこに投資していなければ関係ないことである。円安になろうと、円高になろうとかまわない。ほかの国、ほかの通貨に投資していればいいだけである。日本人だからといって、日本経済、日本企業を応援する必要はない。
 話を単純化させるため、競馬を例にとるが、一昨年から日本国内でも日本馬が出走するG1レースの馬券が発売されるようになった。その結果、たとえば一昨年の凱旋門賞では、なんとマカヒキが単勝2.8倍の1番人気になった。もちろん、国内発売だけの馬券だが、こんなことはあってはならないことだ。
 なぜ、日本人は日本の馬ということだけで、勝つわけがない馬の馬券を買うのだろうか? 案の定、マカヒキは14着で惨敗した。このように、ナショナリズムにとらわれると損をするのだ。

トランプのアメリカ第一主義は歪んでいる

 ナショナリズムは、冷静な判断を狂わせる。
 それにとらわれると、この世界に対する不満ばかりが募るようになる。そこを巧みに突いてくるのが政治だ。政治家たちは、たとえば失業問題や不況を、他国のせいにし、外国製品や外国人労働者、移民の排斥にすり替える。現在、欧州でもアメリカでも、ナショナリズムに基づく排外主義が猛威を振るっている。
 トランプ大統領は、性懲りもなく、この手法を使い、先日、「相互税」(reciprocal tax)なるものを貿易相手国に課すと言い出した。2月12日、ホワイトハウスで開かれたインフラ関連の会合で、出席した閣僚や州・地方自治体の関係者を前に、「他国に利用されてばかりではいられない」と述べ、「わが国は対中日韓で巨額を失っている。これらの国は殺人を犯しながら逃げている」と言い出したのだ。
 中国や韓国は別として、なんと日本も入っていることに驚くしかない。
 彼にとって、同盟国であろうと競争国であろうと、アメリカ以外はすべて「他国」で、アメリカさえ儲けられればいいのである。トランプのアメリカ第一主義は、世界一病んだナショナリズムということができるだろう。ナショナリズムは人間の情動に訴えかけやすいし、愛国心を試す“踏み絵”としても作用する。
 となると、トランプ登場以後の「USAコール」ほど、気色悪いものはない。

友情はナショナリズムを超える

 話を平昌オリンピックに戻すと、日本中が熱狂し、涙した小平奈緒選手の金メダルは、彼女が日本人だからということにだけにあるのではない。
 もちろん、それもあったが、本当に泣けたのは、レース後、彼女が2着になった韓国の李相花(イソンファ)選手に歩み寄り、肩を抱いたのを見たときだった。あのとき、小平選手は、「プレッシャーは相当だったと思う。私はいまも相花をリスペクトしている」と、彼女に語りかけたという。
 バンクーバー、ソチと2つ五輪を連覇した李選手は、今回も韓国全体の期待を一身に集め、勝つことを国民から強要されていた。しかし、0秒39、小平選手に届かなかった。それで泣きじゃくる李選手を小平選手は抱きしめ、その後2人は国旗を掲げて一緒にリンクを回った。友情がナショナリズムを超えた瞬間だった。
 後の報道によると、2人はこれまで同じアスリートとしての友情を育んできた。たとえば、2014年11月、ソウルのW杯で小平選手が初優勝したときは、李選手は自分のことのように喜んでくれたという。
 小平選手はこう語っている。
 「試合後すぐにオランダに戻らなくてはならないことがありました。リンクから直接空港に行かなければいけない時に、李相花選手がタクシーを呼んでくれたうえに、空港までのお金を出してくれました。本当は悔しいはずなのに」 
 また、李選手もこう語っている。
 「韓国の私の家に遊びに来てくれました。すごく仲が良かったので誘ったのです」
 「日本に行った時は(小平選手が)いつも面倒を見てくれます。プレゼントもくれます」(スポーツニッポン記事)。
 オリンピックにはさまざまなドラマがある。単なるナショナリズム、日本からの視点からだけ見ていては、本当のドラマは見えてこない。
(了)

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
 
 
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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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