百年都市ニューヨーク 第17回 創業1905年 パトナム・ローリング・ラダー社(下)

入荷した木材は専用の電鋸で正確に裁断される

入荷した木材は専用の電鋸で正確に裁断される

 パトナム・ローリング・ラダー社(以下パトナム社)の可動式ハシゴの工場はブルックリンのブッシュウィック地区にある。木っ端のほこりが舞い、材木が香る1600平米超の広大なスペースでは、 グラインダーや電鋸など大型製材機械がうなりをあげている。同社製品は、主力のローリングラダー(金属製の車輪が付いて左右に移動できる書斎用のハシゴ)と小型の踏み台ハシゴのみ。いずれも金具以外は木製。木材のタイプは12種類あり、全て手づくり、人間の手で組み立てているところが売り物だ。木目など素材の質を活かした丁寧な仕上げがパトナム社製品最大のセールスポイントである。

心尽くしのハシゴ作り

 前社長で今は相談役のグレッグ・モンシーズさんの案内で工場内を見学した。広い工場のわりに従業員の姿は目立たない。「現在、工場で働く木工職人は計8人。事務方が5人です。父の時代の最盛期には21人いました。職人はポーランド系移民が多いですね。工員は高齢化していますが、新人を雇う余裕がないので退職者が出ても補充はしていません」とグレッグさんは言う。
 トネリコ、レッドオーク(アカガシワ)、カバ、サクラ、カエデ、クルミ、マホガニーなど米国およびカナダの各地から入荷した板材は、グラインダーで表面を滑らかにした後、適宜裁断され組み立てられていく。可動式ハシゴのサイズは、高さ7フィート幅16インチ、ステップ奥行き4.5インチ、横幅3.25インチがデフォルトだが、注文に応じてアレンジがきく。
 「当社製品は全て特注です。発注元は個人邸宅の施主や建築家、インテリアデザイナー。注文に合わせて材質やスタイルを選び、お客様の書斎に合うサイズでハシゴを作ります」とグレッグさん。父の代から変わらず使われている発注書には細かい指示が書かれていた。「お客様とは決して顔を合わせることがありません。電話やメールで細かく情報交換しながら発注内容を詰めていくのですが、特に皆さんがこだわるのは木材の質。サンプルを送って見ていただき納得がいくまで検討してもらう。製造開始まで3から4カ月かかることも珍しくありません」。しかし、そういった客とのやりとりが何より楽しいそうだ。
 「この仕事の醍醐味は、手作りで、実際に手で触れる商品を作る『手ごたえ』にあります。お客様とのやりとりは、ときに冗長で時間の無駄のようにも思えますが、お互いに話し合って1つのハシゴを作る喜びは何物にも代え難い。例えば、素材によって値段はさまざまで、カバとチークでは600ドルも違います。なるべくお手頃価格で購入いただけるよう僕たちは助言しています。金具も機能は同じですが16種類あって値段が違います。ニスも素材によっては2度塗りしないと良さが出ないものもある。そういった細かい話を重ねながら見積もりを完成させる。非効率的で今風ではないかもしれませんが、この流儀が性に合っているのです」

アセンブリー(組み立て)担当のショーンさん。ポーランド出身の職人で勤続10年

アセンブリー(組み立て)担当のショーンさん。ポーランド出身の職人で勤続10年

お嫁に行ったハシゴたち

 思いやりと忍耐力に裏打ちされた心尽くしのハシゴ作り。そこに惚れ込んで注文した客の中には、ジョージ・W・ブッシュ元大統領、アル・ゴア元副大統領、アーティストのヨーコ・オノ、女優のブルック・シールズなど錚々たる面々がいる。もちろんグレッグさんはその誰1人とも会っていない。大統領のハシゴも一般庶民のハシゴも扱いは同じ。むやみに喧伝することはない。
 「いったん出荷したハシゴはお嫁に行った娘のようなものです。雑誌や新聞の有名人の書斎紹介の記事の中で「娘」の姿がさりげなく写真に映っているとうれしいですね。見る人が見れば分かるパトナム社のハシゴ、それでいいんです」。あくまでも謙虚な姿勢は仕事に厳しかった父ウォーレンさんから譲り受けた人生観だろう。
 これだけ手作りハシゴを愛するグレッグさんだが、パトナム社に就職したのは30歳になってから。その前はどんな仕事に就いていたのだろう?
 「CIAで働いていました」
 あまりにも意外な答えに、二の句が継げなかった。
(次週に続く)

注文を受けると必ず確認のために発注元に送る素材のサンプル

注文を受けると必ず確認のために発注元に送る素材のサンプル

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Putnam Rolling Ladder Co, Ltd
作り付けの木製可動式ハシゴおよび木製スツールの製造・販売会社。顧客はニューヨーク市をはじめとした全米の富裕層。ジョージ・W・ブッシュ元大統領、オノ・ヨーコ、ブルック・シールズ、ダイアン・フォン・ファステンバーグと、セレブリティーの名前がきら星のごとく並ぶ。2016年の総売上は約300万ドル(約3.2億円)。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。