連載66 山田順の「週刊:未来地図」史上初の「米朝首脳会談」は成功するのか?(中)

北問題の専門家ビクター・チャ氏の見方

 もちろん、米朝首脳会談は、世界中で歓迎されている。しかし、それは北朝鮮が条件を本当にのむことを前提としている。そうなれば緊張は緩和され、さらに北との間に平和条約の締結すら夢ではないからだ。しかし、楽観を廃して、会談そのものを“懸念”する声は多い。
 たとえば、ブッシュ(子)政権で6カ国協議の次席代表を務めた朝鮮半島問題の専門家ビクター・チャ氏は3月9日のニューヨークタイムズ電子版で、もしこの会談に失敗すれば「戦争の瀬戸際」に立たされるとして、トランプ政権へ周到な準備をするように訴えた。
 チャ氏は一時期トランプ政権が駐韓大使への指名を検討していた人物で、朝鮮問題の専門家である。じつに、トランプ政権はいまだに韓国大使も決めていないばかりか、北朝鮮問題の専門家もスタッフにいないのだ。
 チャ氏の論点は明確だった。
「北朝鮮の体制はただでなにかを手放すことはしない」とし、非核化の見返りを要求してくると断言。そのために選択肢として、トランプは次の2つを用意しなければならないと述べたのである。
 (1)核兵器や長距離弾道ミサイル開発の凍結や最終的な廃棄に対する漸進的なエネルギー・経済支援や制裁解除の実施。
 (2)非核化に対する外交関係の正常化や休戦中の朝鮮戦争を終わらせる平和条約の締結。
 ただし、この2人の指導者による会談の行方は予測不可能。もし、交渉が失敗すれば、ほかに外交手段はなくなると、チャ氏は指摘した。

“懸念の声”を沈静化した2人の高官

 このチャ氏以外の、代表的な“懸念の声“を、あと2つ記しておきたい。
 まず、民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員。彼女はNBCのテレビ番組で、「北朝鮮に“ご褒美”を与える前に、アメリカ政府は検証可能なかたちでの方針転換を北朝鮮に要求すべきだ」とし、「北朝鮮がトランプ大統領を“利用”することを懸念している」と述べた。
 次は、共和党のコリー・ガードナー上院議員。彼は、CBSのテレビ番組で、「会談の開催前に北朝鮮の具体的な行動を確認することが重要だ」と指摘し、「会談後では、外交手段の余地が非常に限られる」と述べた。
 こうした懸念の声を鎮めるように、2人のトランプの側近が、ホワイトハウスは本気で取り組んでいる旨を表明した。
 CIAのポンペオ長官は、FOXニュースの番組で、「大統領は見かけだけのために動いているのではなく、問題を解決しようとしている」と、立場上、トランプを擁護してみせた。
 そして、ムニューシン財務長官も、「アメリカ政府は北朝鮮がアメリカ側との会談に先立ち、すべての核・ミサイル実験を中止することを見込んでいる」との考えを表明しつつ、「会談の最終目標は朝鮮半島の非核化であり、金委員長はこれに同意している」と述べたのである。

「日本はとても喜んでいる」とトランプ

 このような周囲の声をよそに、トランプ本人は、「オレさまはすごいんだ」というナルシスト行動を続けまくっている。なにしろ、この大統領は、先日のフロリダ高校銃撃事件後に、ホワイトハウスを訪れた生徒と遺族の前で、「教師が銃を持っていたらもっと早く解決しただろう。教師に射撃訓練をさせるべきだ」と言い放つ、すごい人間なのである。
 3月11日、トランプは、ピッツバーグでの支援者向けのスピーチで、なんと日本から感謝されていると自画自賛した。トランプは、米朝会談が決まったことを持ち出し、「国の上空をミサイルが飛んだ日本は、とても喜んでいる」と言ったのだ。さらに、「北朝鮮はミサイルを発射しないだろう。彼らは和平を望んでいる。私はそう信じている」とも言った。
 ただし、「もし非核化に向けた進展が生まれるとみられないときには、すぐに対話から立ち去るだろう」とも付け加えた。
 このピッツバーグでのスピーチの前、トランプは得意のツイッターにこう投稿した。
 「北朝鮮の指導者が、オレと会って非核化について話し合いたい、ミサイル発射を終わらせると言ったと聞いて、プレスどもは最初、驚き当惑した。彼らは信じられなかったのだ。しかし翌朝までに、ニュースはフェイクになった。彼らは、それがどうした、誰が気にするんだ、とこうだ!」
(In the first hours after hearing that North Korea’s leader wanted to meet with me to talk denuclearization and that missile launches will end, the press was startled & amazed. They couldn’t believe it. But by the following morning the news became FAKE. They said so what, who cares!)

 こんな言い方はありなのだろうか? トランプにとって、ともかくメディアはみなフェイクであることが、北朝鮮より大事なのである。
(つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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