連載67 山田順の「週刊:未来地図」史上初の「米朝首脳会談」は成功するのか?(下)

トランプのふっかけ「BATNA」交渉術

 はたして、トランプはロケットマンとどんな交渉をするのだろうか? ビジネスマンだけに、トランプは「ぬかりない」「交渉がうまい」という声もあるが、逆に「大丈夫だろうか?」という声も聞こえてくる。
 アイビーの名門「Uペン」(ペンシルベニア大学)のウォートンスクールの卒業生でMBAホルダーのトランプに対して、日本の2流大学の学部しか出ていない私がこんなことを書くのはおこがましいが、トランプの交渉術は、じつに単純だ。これまで、トランプはバカの一つ覚えの方法でしか交渉しておらず、それもどこのビジネススクールでも教えている、いちばん簡単な方法だからだ。
 この交渉術は「BATNA」と呼ばれている。
 「BATNA」とは、「Best Alternative to a Negotiated Agreement」の略。「不調時対策案」と訳されている。簡単に言うと、交渉が不調に終わっても、最低限の妥協できる代替案をあらかじめ決めて、交渉するという方法である。
 この交渉術では、相手にまず、ふっかける。ふっかければふっかけるほどいい。そうすると、その条件、とくに数字なら、その数字が相手の頭の中にこびりつく。これは、一種の印象操作で、これを「アンカリング」(Anchoring)あるいは「アンカリング効果」と呼んでいる。そうすると、相手はそこから譲歩を引き出そうとしてくる。
 このとき、「RV」(Reservation Value:留保価値)といって、「BATNA」を行使した際に得られる価値を決めておく。たとえば、1万円ふっかけてもRVが5000円なら、相手が妥協して5000円で決着すれば、それで交渉は成功というわけだ。
 最近のトランプを見ていても、彼がこれをやっているのがわかる。たとえば、鉄鋼、アルミに輸入関税をかけるとふっかけて、カナダ、メキシコ、オーストラリアが憤慨すると、それを外す。そうすると、なにも変わっていないのに、相手はなにかトクした気分になる。
 しかし、これは経済交渉での話ある。いわばビジネスディールだ。これを安全保障という、戦争を最終手段とする外交交渉でやれるものなのか? トランプは、ロケットマンになにをふっかけようとしているのか?
 「病気の子犬」と舐めきった若造が、本当に妥協してくると、トランプは思っているのだろうか?

「口先だけだったら叩き潰す」という警告

 いずれにしても、米朝首脳会談が意味あるもの、世界平和に貢献できるものになるとしたら、最低限、次のことがまとまらなければならない。
 まず、北朝鮮による核兵器と長距離弾道ミサイルの開発の停止。そして、最終的に核兵器が放棄されること。そのために、検証可能な取り決めがなされることだ。
 はたして、金正恩は本当に核を放棄し、トランプにかしずくつもりなのか? そうすれば、なんらかの見返りはあるが、それをどの程度に見込んでいるのか? 誰にもわからない。
 しかもいまだに、「朝鮮半島の非核化」は見せかけという話が飛び交っている。そこで、最後に、共和党リンゼー・グラハム上院議員のステートメントを紹介しておきたい。
  「トランプ大統領と何度も議論を経て、北朝鮮と核の脅威に対する大統領の断固とした姿勢が、この数十年でいちばんの平和的解決に向けた希望を与えてくれると、私は固く信じている。私はナイーブではない。過去が未来の指標だとするなら、北朝鮮は言葉ばかりで行動しないだろう。しかし、北朝鮮はいま、トランプ大統領が必要に迫られれば軍事行動を起こすと考えていると思う。北朝鮮の金正恩氏に1つ警告しておこう。トランプ大統領と直接会って、欺こうとするのは、最悪の行動だ。もしそれを試みるなら、あなたとあなたの政権は終焉を迎えるだろう」
 (”After numerous discussions with President Trump, I firmly believe his strong stand against North Korea and its nuclear aggression gives us the best hope in decades to resolve this threat peacefully.”
 ”I am not naive. I understand that if the past is an indication of the future, North Korea will be all talk and no action. However, I do believe that North Korea now believes President Trump will use military force if he has to.”
“A word of warning to North Korean President Kim Jong Un ? the worst possible thing you can do is meet with President Trump in person and try to play him. If you do that, it will be the end of you and your regime.”)

 この最後のパラグラフがもっとも大事である。なぜなら、これは明確な警告だからだ。
  「トランプ大統領と直接会って、欺こうとする(try to play him)のは、最悪の行動だ。もしそれを試みるなら、あなたとあなたの政権は終焉を迎えるだろう」と、グラハム上院議員は明言している。そんなことをしたら、軍事攻撃して叩き潰すということだ。
(了)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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