連載71 山田順の「週刊:未来地図」米中対決時代(1)(上)習近平 “終身皇帝” の誕生と “トランプ関税” で始まった貿易戦争

 NYダウが大暴落したのは、“トランプ関税”の発動と度重なる閣僚解任に加えて、フェイスブック・ショックが重なったからだと言われている。
 日本では、鉄鋼・アルミ関税の適用除外国にならなかったことで大騒ぎになり、いつものようにNYダウと連動して日経平均も暴落した。
 こうしていま、世界の先行きに関して不透明感が広がっているが、ここで、時代を読み間違えてはいけない。“トランプ関税”のターゲットは明らかに中国であり、その中国で習近平国家首席がついに“終身皇帝”になり、アメリカが仕掛けた貿易戦争に対抗すると言っている。つまり、世界はナンバー1の経済大国とナンバー2の経済大国による「対決時代」に突入したのだ。
 そこで、今回から数回にわたり、最新トピックを踏まえて、「米中対決時代」について述べていく。

中国は友人だが貿易赤字は放置できない

 ポルノ女優ストーミー・ダニエルズとセックスをして、それを口外しないように13万ドルを支払ったという老人の政策に世界が振り回されるのだから、「世も末だ」と嘆く人も多いと思う。とくにアメリカ人の半数以上は、自分たちの大統領の行いにあきれ果てているに違いない。
 しかし、トランプはれっきとした世界一の経済大国、いや世界帝国の大統領だ。その強大な権力で、どんな時代錯誤な政策でも、サイン1つ(Presidential Decree:大統領令)で実行できる。
 そんな大統領令の1つ「鉄鋼とアルミニウムの輸入制裁措置(鉄鋼に25%、アルミに10%の関税を課す)」は、3月23日に発動されたが、制裁措置はそれだけではなかった。
 トランプは同日、「米通商法301条」(Section 301 of the US Trade Act of 1974)に基づき、中国製品に制裁措置を発動する大統領令にも署名した。その内容は、最大で年間600億ドル相当の中国製品に25%の追加関税を課すというもので、トランプは署名に先立ち、とくに知的財産権を侵害しているとしてWTOに提訴する方針だと述べた。
 また、「(対中貿易赤字は)歴史上最大の額だ。手に負えなくなっている」と指摘し、「中国の人々や習近平国家主席は友人だ」としつつも、対中貿易不均衡は放置できないと訴えたのである。
 もちろん、中国政府は怒った。鉄鋼・アルミ関税ばかりか、アメリカへの主な輸出品に25%も関税をかけられたら、中国企業の損害は計り知れない。
 中国は即座に「(アメリカとの)貿易戦争を恐れない」という声明を出し、30億ドル相当のアメリカ製品に対抗関税を課すことを表明した。こうして、世界ナンバー1の経済大国とナンバー2の経済大国は、時代錯誤の貿易戦争に突入してしまったのである。

貿易戦争によるダメージは中国のほうが大きい

 米中貿易戦争の開始は、日本人としては、まるで1980年代のデジャブを見ている感じだ。当時、アメリカと日本との間の貿易戦争はピークに達し、「日米貿易摩擦」(US-Japan Trade Friction)と呼ばれて、毎日のように報道された。カラーテレビからVTR、自動車、半導体、金融、通信まで、あらゆる製品と産業が対象になった。
 その結果、「日米構造協議」が開始され、結果的に日本の半導体は衰退し、コンピュータの先端技術はすべてアメリカ仕様になってしまった。このことがいまでも尾を引き、日本の製品は世界でガラパゴス化してしまったとも言える。このように、貿易戦争というのは、本当に大きな被害をもたらす。
 しかし、いまや世界は多国間条約に基づく「自由貿易体制」(free trade system)の時代となっている。だから、トランプの対中制裁は完全な時代錯誤であり、このまま貿易戦争が拡大したら、アメリカ自身も多大な損出を被る可能性がある。単純な話、中国でつくられている「iPhone」の値段は上がるだろう。
 とはいえ、中国のほうがダメージははるかに大きい。中国にとって、アメリカは第一の輸出先で、中国の輸出に占めるアメリカ比率はじつに18%に達しているからだ。これに対して、アメリカにとって中国は第三の輸出先で、アメリカの輸出に占める中国比率は7%に過ぎない。これを額で見ると、中国からアメリカへの輸出額は4670億ドルで、アメリカから中国への輸出額は1240億ドル。つまり、両者には3.76倍もの開きがある。
 しかし、それでもなお、世界が狭くなり、ネットでも結びついているこの時代、「保護主義」(protectionism)はいただけない。

貿易赤字は企業の赤字と違い「悪」ではない

 ただし、アメリカというのは、もともとそういう国(保護主義が好き)だという見方もできる。1971年8月の「ニクソンショック」(ドルと金のだかん停止)はその典型だ。ドル防衛、つまり国益を守るためにはどんな荒技も辞さないというのがアメリカ流とも言えるからだ。ニクソンはニクソンショックと併せて、すべての輸入に10%の課徴金をかけるという強硬策も実行した。
 しかしいくらなんでも、保護主義はあり得ない。中国を叩きたいなら、ほかにも方法があり、報復関税などという時代錯誤の方法を取るのは、国境の壁(現代版「万里の長城」)をつくるのと同じくらい、愚かではないだろうか?
 時代錯誤のトランプのアタマの中には、自分がビジネスマンということもあって、貿易赤字が企業の赤字と同じで「悪」であるという発想がこびりついている。
 しかし、国家の貿易赤字と企業の営業赤字は、本来、違うものだ。なぜなら、世界一の経済大国であるアメリカの景気が良くなれば、その分消費が拡大し、世界中からモノとサービスを輸入することで、貿易赤字が拡大することは当然だからだ。
 しかも、これで世界は潤い、アメリカの繁栄は持続する。さらに、その輸入代金はすべて自国通貨のドルで決済できるのだから、赤字はむしろ歓迎なのである。
 つまり、アメリカの貿易赤字というのは、ドルが「キーカレンシー」(基軸通貨)である限り、痛くも痒くもないのだ。トランプはこの辺のところをまったくわかっていない。
 では、それなのになぜ、アメリカは中国に対して、このような貿易戦争に打って出たのだろうか?
(つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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