トランプ政権のドラゴン・スレイヤーたち
アメリカの対中強硬姿勢は、これまでは露骨に表に出ることはなかった。もともと、アメリカ政府内では、対中国政策をどうするかで、「対中強硬派」(ドラゴン・スレイヤー:Dragon Slayer)と「親中派」(パンダ・ハガー:Panda Hugger)が対立してきたが、これまではパンダ・ハガーが優勢だったからだ。
オバマ政権はどちらかというとパンダ・ハガーであり、これを面白く思わなかった保守強硬派の人々、すなわちドラゴン・スレイヤーがトランプ大統領を支持したのである。
彼らは、中国はいずれアメリカの世界覇権に挑戦してくると考え、中国の台頭はアメリカの国益、安全保障上で好ましくないと捉えていた。
その筆頭は、この連載で詳しく紹介したルネッサンス・テクノロジーズの元共同最高経営責任者(CEO)のロバート・マーサーである。彼は、共和党とトランプへの大口献金者であり、トランプ政権発足時には「手下」のスティーブ・バノンを新設の首席戦略官としてホワイトハウスに送り込んだことで有名だ。ともかく、ゴリゴリの保守であり、当初は、テッド・クルーズ候補を支持していたが、トランプ優勢とみると、トランプに加担するようになった。
つまり、トランプ政権は、対中政策に関しては、ドラゴン・スレイヤーが動かしているのであり、その代表格は、商務長官のウィルバー・ロス、国家通商会議代表のピーター・ナヴァロ、USTR(米通商代表部)代表のロバート・ライトハイザーだ。
ピーター・ナヴァロは、「アメリカが患っている数々の問題は、すべて中国のせいだ!」と言うほどの強硬派。中国を叩かなければアメリカの未来はないと考えている元UCアーバインの教授である。ライトハイザーは、1980年代のレーガン政権下でUSTR代表を務め、日本製品叩きで中心的な役割を果たした人物である。その腕を買われ、今度は中国製品叩きをするわけだ。
いずれにせよ、こうした中国強硬策のバッグにいるロバート・マーサーの存在は、じつは、先日発覚した「フェイスブック・ショック」で、はからずもあぶり出されることになった。ただ、このことに関しては次回の連載で詳しく説明することにして、先を急ぐ。
雪まで降らせてしまう“終身皇帝”の権力
それでは、トランプが中国をターゲットにした制裁措置を発表する前、中国でなにが起こっていたのかを、ここで振り返ってみたい。
いまや広く知られているが、この3月、中国では第13期全国人民代表大会(全人代=中国の国会にあたる)が開かれ、習近平(シージーピン)国家主席が、終身主席の地位を手に入れた。これまでは、憲法で主席任期は2期10年までと決められていた。その縛りが削除されたうえ、憲法に「習近平思想」が明記されたのである。日本のメディアはこれをさりげなく報道したが、じつはこれは、大変なことである。
なぜなら、習近平は自身が辞めなければ終身トップであり続け、権力をほしいままにできるからである。つまり、習近平は“終身皇帝”(終身独裁者)となったと言えるのだ。
習近平の権力がどれくらい強いかは、次の2つのエピソードに象徴されている。
1つ目のエピソードは、憲法改正の賛成票の数である。憲法改正には3分の2以上の賛成が必要と決められているが、無記名投票で2964人が投票し、その結果は、賛成2958票、反対はたった2票、棄権3票、無効票1票だった。日本の自民党から見たら、本当にうらやましい結果だろう。
2つ目のエピソードは、国家主席再任が決まった日の北京の天気である。なんと、北京では季節外れの雪が降った。中国では春先に雪が降るのは縁起がいいとされ、豊作の象徴(=「瑞雪」と呼ばれる)とされている。
しかし、天気予報では雪など降る兆候はゼロだった。タネを明かすと、これは人工雪。北京オリンピックでも、ロケットを打ち上げて無理やり晴天をつくった北京政府は、今回もこれをやったのだ。
そうして、メディアは「習近平主席の再任を祝うように北京の街に降りました」と報じたのである。
ちなみに、中国メディアは最近北京を「帝都」と呼んでいる。かつて、大日本帝国が東京を帝都と呼んでいたことを思うと、イヤーな気持ちになる。
メデイア、中国専門家のとんでもない誤り
習近平が“終身皇帝”になったことを受けて、欧米のメディア、中国専門家の間に、幻滅するムードが広がった。彼らは、これまで、中国の輝く未来を予想し、いずれ中国も政治改革を進め、民主化した国になると信じてきた。
しかし、彼らの予測は甘かった。むしろ、中国は経済発展とともに国家主義を強め、なんと今回、習近平総書記は、再任のスピーチで、「社会主義強国を実現する」と明言したのだ。
習近平主席は、建国100年の2049年に向け「社会主義の現代化強国を実現する」と宣言したうえ、アメリカとの2大国で国際社会をリードするという長期展望を明確に示したのである。ほかの国のことなどおかまいなしに、勝手に世界を支配するというのだから、おこがましいと言うほかない。しかも、この演説は、アメリカの世界覇権に挑戦すると言っているのと同じだった。
こうなると、もはやパンダ・ハンガーは出る幕はない。外交政策に関してまったく知恵のないトランプ大統領はともかくとして、政権にドランゴン・スレーヤーがそろったのは、アメリカの歴史から見て必然と言えるだろう。
つまり、鉄鋼・アルミ関税、そして中国製品に関する追加関税は、政策的には時代錯誤とはいえ、中国の世界覇権挑戦を叩く政策としては間違っていない。“トランプ関税”は時代の必然かもしれず、習近平の終身皇帝就任へのビッグプレゼントとなったことは間違いない。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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