フェイスブックのユーザー約5000万人分のデータが流出していた問題は、トランプ政権、そしてNY株価に大きな影響をもたらした。なぜなら、私たちのプライバシーはすでにないに等しく、データを得た人々によってコントロールされることが明白になってきたからだ。
フェイスブックから得たデータを利用していたのは、ケンブリッジ・アナリティカという英国の調査会社で、この会社の実質的なオーナーは、トランプをサポートしてきたルネッサンス・テクノロジーズの元CEOのロバート・マーサーだ。このマーサーのヒラリー・クリントン嫌いと中国嫌いが、こんな思わぬ結果を招いたと言えるのだ。
しかし、当事者であるフェイスブックは、なぜか問題意識が低く、世界でもっともネットを規制している中国で、サービスの再開を目指している。
データ流出発覚でIT株は軒並み下落
3月25日、フェイスブック社は、ニューヨーク・タイムズ紙など米欧主要紙に謝罪広告を掲載した。マーク・ザッカーバーグCEOの署名入りで信頼回復を訴えた。
しかし、問題発覚から1週間も経過していること、さらに、問題の深刻度からいって、「フェイスブック・ショック」は収拾しそうもない。連邦議会は、ザッカーバーグCEOに議会で経緯を証言するよう求め、連邦取引委員会(FTC)は調査を始めたと発表した。さらに、テスラなど一部企業はフェイスブックへの広告出稿を見合わせている。
問題発覚後、NYダウ市場、ナスダック市場の株価は一気に下落した。フェイスブックの株価はもとより、グーグルやツイッターなど大手IT企業の株価は軒並み下がった。いわゆる「FANG」「MANT」と言われる、これまでNYダウ市場、ナスダック市場でアメリカ株を引っ張ってきた一角が総崩れとなったのである。
ちなみに、「FANG」とは、Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)、Netflix(ネットフリックス)、Google(グーグル、現在はAlphabetアルファベット)4社の略称。「MANT」とは、Microsoft(マイクロソフト)、Apple(アップル)、Nvidia(エヌビディア)、Tesra(テスラ)4社の略称だ。
黒幕ロバート・マーサーによる情報操作
では、フェイスブックはいったいどんな問題を引き起こしたのか? フェイスブック・ショックとはなんなのか? これまでの経緯を振り返ってみよう。
発端は、3月17日、ニューヨーク・タイムズ紙などが、先の大統領選挙で、ヒラリー・クリントン候補のネガティブキャンペーンに、フェイスブックの個人データが使われたと報道したことだ。このネガティブキャンペーンにより、トランプ候補が有利になったことは間違いない。
ネガティブキャンペーンを行ったのは、英国のケンブリッジ・アナリティカという調査会社。そこの元職員で、データ解析のためのシステム開発を担当していたクリストファー・ワイリーが、内部資料とともにニューヨーク・タイムズ紙に情報を持ち込んだ。
ワイリーの証言によると、これらの個人データはケンブリッジ・アナリティカの関係会社と協力関係にあったケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン教授が、あくまでも研究目的であると偽って提供を受けていたという。つまり、個人データは購入したのではなく、不正に取得したもので、その数は「会員の友人」も含めて5000万人を超えていたという(編集部註:4月5日、フェイスブックは個人情報が不正取得されたユーザー数は最大8700万人に上ると発表)。
個人データの不正流出、不正使用だけでも問題だが、もう1つ問題とされたのは、このケンブリッジ・アナリティカの実質オーナーが、ヘッジファンドのルネッサンス・テクノロジーズのCEOのロバート・マーサーであったことだ。
マーサーと言えば、ゴリゴリの保守派として有名で、大のヒラリー・クリントン嫌い、中国嫌いで、共和党の大口献金者である。ということは、ケンブリッジ・アナリティカは、不正に入手した個人データを恣意的に活用し、親中国とされるヒラリー候補を貶めるキャンペーンを行ったことになる。つまり、このような情報操作がなかったら、トランプ大統領は誕生しなかったとも言えるわけだ。
こうして、フェイスブック・ショックは、単なる情報漏洩事件を超えて、政治スキャンダルともなったのである
信用失墜でユーザー離れが起こる可能性が
問題発覚を受けて、フェイスブックはいち早く行動した。なんとニューヨーク・タイムズ紙の報道前日の3月16日、法律顧問が「2015年に(註:大統領選は2016年11月)不正なデータ引き出しに気がついており、全情報の返却を要請していたものの、一部は返却されていなかったようだ」とブログに投稿した。
つまり、この時点では、フェイスブックは“被害者”になりきろうとしていたのである。
情報流出が、ハッキングされたものでもなく、フェイスブック側が情報を漏洩したわけでもないのだから、これは当然だったかもしれない。ただし、情報そのものが、フェイスブック上で通常やり取りされている個人データであり、それが規則を超えて使用されたという点では、フェイスブックにも責任はあった。また、このことをフェイスブックの幹部たちが知らなかったはずがなかったという見方も出た。だから、発覚から5日間も沈黙したままだったザッカーバーグCEOに対する批判が高まった。
ただし、この問題が深刻なのは、フェイスブックだけの問題にとどまらないことだ。まず、大量の個人データを流用していたのは、ケンブリッジ・アナリティカだけなのかということ。次に、そうだったとしても、ユーザーの意図しないところで個人データが使われ、なおかつ、それによって情報操作が行われていたという点だ。
つまりこれは、情報を扱うIT企業すべてに当てはまる大問題なのである。
フェイスブックのような「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」(SNS)は、できる限り多くのユーザーを獲得することで成り立っている。それによって、広告が入り、広告収入によって収益を上げるというビジネスモデルになっている。
それが、このような信用失墜スキャンダルを受け、ユーザー離れを起こすとどうなるか? 投資家や株主が心配したのはこの点だった。だから、株価が急落したのである。
SNSが一気にユーザーを失った例として、2003年に創業したMySpace(マイスペース)がある。この音楽ファン交流サイトは、フェイスブックが登場するまで英語圏で最大のSNSだった。しかし、わずか数年でユーザー数は激減し、いまでは「思い出のSNS」となってしまった。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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