連載84 山田順の「週刊:未来地図」米中対決時代(3)(上)中国に奪われた名門ホテル「ウォルドルフ・アストリア」を取り戻せ!

 トランプ政権の高官の入れ替えにより、対中強硬派(ドラゴン・スレーヤー)が力を持つようになったホワイトハウス。中国に対する制裁関税も発表され、アメリカは今後、中国への対決姿勢を強めていくと考えられる。
 ここにいたるまでは、じつにさまざまな経緯があったが、今回取り上げるのは、中国資本が買ったニューヨークの名門ホテル「ウォルドルフ・アストリア」の現状だ。いまや、このホテルは中国政府の管理下に置かれている。中国に甘くするとどうなるかを、このホテルの現状が象徴している。(編集部註:本記事の初出は3月29日)

昭和天皇も宿泊された名門ホテル

 「ウォルドルフ・アストリア」(The Waldorf-Astoria)は、ニューヨークに数ある高級ホテルの中でも、もっとも由緒ある名門ホテルとして知られてきた。100年以上の歴史を持ち、ニューヨークを訪れた世界の要人たちのほとんどが、ここを宿泊先としてきた。歴代アメリカ大統領もニューヨークを訪れたときはここに泊まった。
 ホテル王コンラッド・ヒルトンは、ここをどうしても手に入れようとし、1949年についに買収に成功した。しかし、ヒルトンはこのホテルの名前に「ヒルトン」を付けず、ヒルトン・グループの最高級ブランドとしてウォルドルフ・アストリアという名前を維持してきた。あのマッカーサー元帥やエリザベス・テイラーが、このホテルをニューヨークの自邸として使用していたこともある。
 もちろん、日本の歴代首相たちも、国連総会への出席のおりには、ここに宿をとった。1975年、日米の歴史上初めてアメリカを訪問された昭和天皇と皇后陛下は、ケネディ空港に着くと、真っ先にウォルドルフ・アストリアに入られている。
 つまり、ニューヨークのホテルと言えばウォルドルフ・アストリアであり、それ以外ではないというくらいウォルドルフ・アストリアは格式が高いのである。まさに、ニューヨークそのものと言っても過言ではない。
 ところが、そんな名門ホテルを、いまや中国政府(北京)が所有しているのだ。

なぜ、中国政府の所有になったのか?

 今年の2月23日、北京発でこんなニュースが流れた。
 《中国当局は安邦保険集団の経営を暫定管理し、創業者の呉小暉(ウー・ショウフェイ)会長を詐欺罪で訴追する。同会長は政界と近く、その関係を生かして世界各地で積極的な事業買収を進めてきたが、その転落が鮮明になった》(ブルームバーグ)
 これだけを読むと、単なる中国ニュースの1つにすぎないと思えるが、ここに登場した「安邦保険集団」(アンバン・インシュランス・グループ)というのが、ウォルドルフ・アストリアのオーナーなのである。同グループは、2014年にウォルドルフ・アストリアを19億5000万ドルと、ホテルの売買としては史上最高値で買収した。
 そのアンバン・インシュランス・グループの会長の呉小暉を中国政府が詐欺罪で捕まえ、会社を取り上げてしまったというのが、このニュースである。
 つまり、この経緯でウォルドルフ・アストリアは自動的に中国政府の所有物になってしまったのである。
 世界中で企業の売買は行われている。しかし、それは民間における売買であり、一国の政府がホテルを買ってしまうなどということは起こり得ない。しかし、中国の場合、企業というのは事実上全部国のものである。もともと共産主義国家なのだから、私有財産は認められないことになっている。国が株式を召し上げると言えば、それに逆らうことなどできないのだ。
 これが、どれほど恐ろしいことなのか、お人好しのアメリカ人は最近まで気がつかなかったようだ。日本人もついこの前まで気がつかなかった。それが、中国進出企業が撤退するときに「工場や設備をすべて置いていけ」と当局に言われて、やっと気がついたという経緯がある。

中国人だけでおカネが回るシステム

 名門ホテルが中国企業のものになると、なにが起こるだろうか? 前記したように、中国企業はすべて北京の管理下にあるので、宿泊客の情報は北京に筒抜けになるはずだ。部屋には盗聴器や監視カメラが仕掛けられ、通信はすべて盗聴される可能性がある。
 そのため、アメリカ政府は、毎年9月の国連総会へ出席する外交団の宿泊を中止してしまった。これにならって、各国の要人たちの足もウォルドルフ・アストリアから遠のき、欧米の一般宿泊客の足にも影響が出た。
 しかし、買収したアンバンは痛くも痒くもなかった。というのは、中国から訪米観光客が年を追うごとに増えていたからだ。中国人観光客は、2015年に前年比25%増で200万人を突破し、以後も増え続けている。しかも、東海岸までやって来る中国人観光客は富裕層が多く、5番街できまって“爆買い”をする。そうした中国人観光客がウォルドルフ・アストリアにあふれるようになった。
 こうしてニューヨークに、中国人同士でおカネが回るシステムができ上がってしまったのだ。
 ついこの間まで、アンバンなどという中国企業は、アメリカではほとんど知られていなかった。それが、ウォルドルフ・アストリアの買収で知られることになり、その後、ほかのホテルも“爆買い”するようになって、広く知られるようになった。
2016年、アンバンはストラテジック・ホテルズ・アンド・リゾーツ社を55億ドルで買収した。同社はサンフランシスコのザ・ウェスティン・セント・フランシス、ニューヨークのJWマリオット・エセックス・ハウス、サンディエゴのデル・コロナドなど、ランドマークとして知られる数多くの有名ホテルを所有していた。つまり、これらの名門ホテルがみな、中国の手に落ちたのである。
 さすがにここまで来ると、アメリカの世論も反中色が強くなった。   (つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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