安邦保険集団(アンバン)とはどんな企業か?
ここで、アンバンについて触れておくと、創立が2004年と比較的新しい企業である。当初は、自動車保険会社としてスタートし、スタート時の資産総額は7500万ドル相当だった。それがわずか10年で2500億ドルに膨らんで、海外で爆買いを始めたのである。
なぜ、アンバンは短期間でここまで大きくなれたのか?
それは、中国企業の典型的なパターン、共産党要人の縁故をフルに使ったからである。
創立者の呉小暉(以下ウーと記す)は、アンバンをつくる前年の2003年、鄧小平(デオ・シャオピン)の次女である鄧楠の娘(鄧小平の孫娘になる)の鄧卓芮と結婚している。この結婚がなかったら、アンバンは誕生していなかったはずだ。
じつは、この結婚はウーにとっては3度目で、1度目の結婚は浙江省の官僚の娘、2度目の結婚は浙江省副省長、杭州市長の娘だった。つまり、農村出身のウーは、結婚のたびに新しくできた縁故を利用してのし上がったのである。
しかし、こうした“成り上がり”男は、政治権力が変われば、歴史の必然として潰されることになっている。習近平(シー・ジーピン)は、もともと鄧小平を嫌っており、“鄧小平超え”を政治目標にしていた。
また、海外で国内企業が派手な買収をやって“トロフィー資産”を手に入れることを快く思っていなかった。なぜなら、これは資本逃避の隠れ蓑やマネーロンダリングに使われるからだ。さらに、習近平のような“赤いエリート”にとって、農民出身のウーは、はなから派手な行いをしてはいけない存在だった。
こうしてウーは訴追され、アンバンは習近平(つまり北京)に取り上げられてしまったのである。
クシュナーとの取引で身の安全を図る
じつは、ウーはいずれ北京に囚われるかもしれないと思って、手を打とうとしていたという説がある。それが、2016年11月の米大統領選挙後から始めたジャレッド・クシュナーとの取引(ディール)だというのである。クシュナーとは、もちろん、トランプ大統領の娘イヴァンカの夫で、ニュージャージーの不動産会社のボンボンである。
クシュナーは借金に苦しんでおり、マンハッタンに所有するビル「666 Fifth Avenue」を再開発して資金調達をする必要に迫られていた。それを知ったウーは、その資金4億ドルを提供しようと持ちかけたという。こうすることで、アメリカ政府とつながりができ、身の安全が確保されると考えたというのである。
しかし、このディールは、メディアから「利益相反」(conflict of interest)と指摘され、議会からも大統領上級顧問のクシュナーがいくら民間企業とはいえ中国政府との関係が深い企業と経済的な関係を深めることは、安全保障上の問題、道義的な問題があると指摘された。
2017年1月、ニューヨーカー誌は、「クシュナーは中国に絡め取られている」という記事を掲載した。
こうなると、さすがのトランプもクシュナーをたしなめざるを得なくなる。クシュナーとウーのディールは、2017年3月、「交渉は打ち切られた」と発表されて終了した。
このときから、トランプが対中強硬路線に転じたのか、あるいはもともと中国に対しては対決していくつもりだったのかはわからない。
しかし、対中制裁関税などの最近の動きは、ウォルドルフ・アストリアが中国政府のものになってしまったことも大きく影響しているはずだ。
ホワイトハウスは、対中制裁関税と並行して、中国企業によるアメリカの先進技術の取得やアメリカ企業への投資について規制を大幅に強化する意向であると、3月21日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙は伝えている。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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