連載97 山田順の「週刊:未来地図」本当に心配になってきた安倍政権崩壊後の日本経済(上)

 もはや安倍政権が持たないのは永田町ばかりか、日本社会全体のコンセンサスになりつつある。ただ、安倍首相自身は「問題はない」と、意に介していないというから、本当に不思議だ。
 いずれにせよ、こうした政治の先行きの不透明さは経済に影響する。つまり、ここまでアベノミクスという掛け声でだけでなんとか持ってきた日本経済は、この先、大きく失速するのではないかという不安が拭えない。
 これからはGDPが目に見えて落ち込み、円安株安のなか、インフレがじょじょに押し寄せてくる可能性がある。

ドルベースでは縮小している日本経済

 「森友・加計問題」で1年以上も政治の停滞が続いているうちに、アベノミクスはすっかり色褪せてしまった。といっても、もともとアベノミクスは「量的緩和」=異次元緩和以外はなにもなかったと言っていいので、色褪せるのは当然だ。
 2013年にアベノミクスが始まって5年以上、常に政府は「景気は穏やかな回復基調にある」と言い続けてきた。しかし、本当に回復したことは1度たりともない。

 以下、2010年から17年までのGDP(国内総生産)の推移を、GDP成長率、名目GDP(円ベース)、名目GDP(ドルベース)で見てみよう。
 
10年 4.19% 500兆円 5兆7001億ドル
11年 -0.12% 491兆円 6兆1575億ドル
12年 1.50% 495兆円 6兆2032億ドル
13年 2.00% 503兆円 5兆1557億ドル
14年 0.38% 514兆円 4兆8504億ドル
15年 1.35% 532兆円 4兆3950億ドル
16年 0.94% 538兆円 4兆9493億ドル
17年 1.71% 546兆円 4兆8721億ドル

 見ればわかるように、アベノミクスになってからのGDP成長率は2%を超えたことは1度もない。また、名目GDPは円ベースでは少しずつ増えてはいるものの、ドルベースでは減っている。つまり、ドルで見た場合の日本経済は縮小し
ているのだ。
 人口減と生産年齢人口減が進むなかで、わずかでも成長しているのだから、それでいいという見方もできる。しかし、ドルベースで縮小しているということは、円安の恩恵以外はなかったということ。つまり、円安がなければ、日本経済は成長どころか、大きく失速していたのは間違いない。
 安倍首相はことあるごとに、アベノミクスの成果を強調してきた。しかし、実質的な成果はなかったといえる。

先端テクノロジー企業が育たなかった日本

 いまや世界経済はデジタルエコノミーが主流になり、ネットをベースとする先端テクノロジー企業が全盛の世の中になった。たとえば、世界最大の小売りチェーンのウォルマートも石油メジャーのエクソン・モービルも、時価総額では中国のIT企業アリババを下回っている。
 2018年4月時点の時価総額ランキングのトップ10のうち8社はテクノロジー企業である(ちなみに1位はアップル、2位はアマゾン、3位はマイクロソフト)。

 AI、IoT、ロボットなどによって、今後、デジタルエコノミーはさらに拡大し、イノベーションのほとんどがネットで起こるのは確実だ。しかし、過去10年、日本で先端テクノロジー企業は育ってきただろうか? 中国では、前記したアリババとテンセントがトップ10入りしているが、トップ50まで見ても日本企業で入っているのはトヨタ(36位)だけだ。しかも、トヨタは旧来のものづくり産業である。

 日本は「ものづくり大国」だったのに、「テクノロジー大国」にはなり得なかった。しかも、そのものづくりでも、ここ数年、劣化が進んでいる。
 官庁で公文書改ざんが起こるのと同じように、データ改ざん事件が起こってきた。製品データの改ざんが行われていたことが発覚した企業を挙げると、東レ、日立、神戸製鋼、三菱マテリアル、スバルなどがあり、日産では検査データの捏造が発覚し、東芝では粉飾会計が日常化していた。

 ものづくりで日本がリードできているのはいまや自動車分野だけといった状況だ。PCや携帯電話ではいったんは世界をリードしたが、スマホ時代になると、アメリカ・韓国・中国・台湾に負け、液晶パネルでは韓国・台湾に負け、有機ELでは韓国に負け、ドローンでは中国に負け…といった具合で、連戦連敗が続いている。ただし、スマホの部品の6割は日本製とされるから、このようなことで「根幹技術」「微細技術」をなんとか抑えて、踏みとどまっているという状況だ。

日銀が「物価上昇率2%」目標時期をなしに

 このような状況を、安倍政権は経済政策によって挽回する。それが経済政策の1丁目1番地だったはずだ。ところが、日銀の“黒田バズーカ砲”によって円安になると、それに安住して、規制緩和や企業改革を進めなかった。シェアリングエコノミーもデジタルエコノミーも、日本は大きく出遅れてしまった。労働改革も教育改革もできていない。

 アベノミクスのこの5年間あまり、日本人の実質賃金は低下し続けた。大企業は首相の掛け声にしたがって賃上げをしたが、中小企業ではほとんど行われず、非正規雇用が増えて、全体では賃金が下がった。ここ3年連続で大企業は約2%の賃上げを続けたが、この恩恵を得たのは全労働者(役員を除く)のわずか5%にすぎない。
 しかもここ数年で、先進国のなかで賃金が下がった国は1国もない。

 このようななか、4月27日、日銀は金融政策決定会合で、大きな方針転換をした。これまで政策目標としてきた「物価上昇率2%」の達成時期を外してしまったのだ。異次元緩和が始まったのは2013年4月。当初、黒田総裁は「2年程度」で目標を達成するとしていた。しかし、その後、達成時期は6度も先送りされ、ついに時期を示すのをやめてしまったのである。つまり、黒田総裁は「オオカミ少年」だったというわけだ(といっても3度目にはオオカミはやって来た)。
 なぜ、こうなったのか? それは、本当の意味での緩和が行われなかったからだ。
(つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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