連載101 山田順の「週刊:未来地図」静かに、そしてじわじわ広がる 「東京五輪でボランティアなんかするな!」運動(中)

スキル人間をタダで使うという詐欺行為

 というわけで、本間氏は、オリンピックのボランティアは本来のボランティアとはいえず、タダ働きをする人間を集めるための「口実」にすぎないと言うのだ。
 まさに、その通りではなかろうか。かつてはアマチュアスポーツの祭典だったオリンピックは、いまや完全なコマーシャリズムによるイベントビジネスとなっている。だったら、ちゃんと報酬を払って必要な人間を集めるべきだろう。
 当初、東京オリンピックの招致にあたっては、「コンパクト五輪」がうたわれた。それなのに、招致時に発表された開催費用は約7340億円と高額だった。しかもその後、2兆円かかる、3兆円かかると、あっという間に金額が膨らみ、国民から大批判が巻き起こった。
 それで、昨年12月、組織委員会は総経費を約1兆3500億円に削減したと発表した。しかし、今年の1月、東京都が新たに約8100億円を大会関連経費として計上すると発表したので、総額は約2兆1600億円となり、結局、2兆円を超えることになった。
 そんななか、すでに4000億円以上のスポンサー企業からの協賛金も集まっている。これで、そのうえ無償ボランティアを集めるというのは、ビジネス面から見れば「詐欺行為」としか思えない。
 ところが、こうした批判があるにもかかわらず、今年の3月下旬に、組織委員会は、「大会ボランティア募集要項案」を発表した。これはあくまで「案」であり、正式な募集は7月下旬を予定しているというが、内容は昨年のものとそう変わらない。組織委員会が「積極的に応募していただきたい方」としているのは、以下のような人材である。

①東京2020大会の大会ボランティアとして、活躍したいという熱意を持っている方
②オリンピック・パラリンピック競技に関する基本的な知識がある方
③スポーツボランティア経験をはじめとするボランティア経験がある方
④英語やその他言語のスキルを活かしたい方

 このうち①は、「熱意を持っている方」としているので、仕方がない面がある。無報酬だとわかっていても、オリンピックという歴史的イベントに参加し、そこで「働く」ことに意義があると考えている人は一定数いるわけだから、それはそれでいいと思う。
 しかし、②③④となると話は違う。とくに④は「英語やその他言語のスキルを活かしたい方」と「語学ができる」というスキルを求めているので、これを無償とすることは、市場経済を破壊することになる。

普通に通訳すれば最低でも時給3000円

 じつは、昨年の7月4日、組織委員会は「ボランティアに求める要件」を発表している。その主な点は、次のようなものだった。

▼コミュニケーション能力があること
▼外国語が話せること
▼(ボランティアとして参加を)1日8時間、10日間以上できること
▼採用面接やあらかじめ設ける3段階の研修を受けられること
▼2020年4月1日時点で18歳以上であること
▼競技への知識か観戦経験があること

 このときも大きな批判が起こった。「こんなプロ人材をタダで使おうというのか? それも1日8時間、10日間以上も」「あまりにハードルが高すぎる」とあきれる声が、ネットにあふれた。
 そのため、組織委員会はこの要件を曖昧にしてきたが、前記した3月の「大会ボランティア募集要項案」でも、その意識はほとんど変わっていない。それが、語学人材を求めている点に露骨に表れている。
 語学のスキルを持って外国人とちゃんとコミュニケーションを取れる人間は、一般的には「通訳」である。となると、そうした外国人のアテンド業務は、言語にもよるが、普通なら最低でも時給3000円はもらえる。そういう通訳者のなかでも、たとえばスポーツが専門なら、そのスキルも加わるので時給はさらにアップする。
 さらに、日本には「通訳案内士」という国家資格がある。これは、日本を訪れた外国人観光客の通訳及び観光案内を行える資格で、弁護士や会計士と同じ専門職である。
 となると、組織委員会は、このようなスキルに価値を認めず、専門的な職業を冒涜していることにならないか。
(つづく)

 
 
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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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