百年都市ニューヨーク 第23回 創業1837年 デルモニコス(上)

最古にして最長の歴史誇る

 今やニューヨークは世界一の「食の都」である。繊細な味やサービスでは東京、パリ、香港に負けるかもしれないが、日毎夜毎に極上のステーキが数百枚の単位で消費され、何千ドルもするワインが惜しげもなく開栓される街である。しかも、江戸前すしから高級フレンチ、西安のヌードルからウズベキスタンの祝祭料理まで世界各国の名物珍味がいつでも最高水準で手に入る。マンハッタンだけでも現在約2万4000軒のレストランがしのぎを削るという。
 しかし、合衆国独立から40余年後の19世紀初頭、ニューヨークにレストランは一軒もなかった。そもそも中国やイスラム圏では11世紀にレストランビジネスが興隆しているのに比べ、欧米で外食の習慣が根付くのはずっと最近の話だ。ギネスブックに載る、スペインはマドリッドにある世界最古のレストランにしても創業は1725年。一定の営業時間内に客がテーブルに座り、メニューの中から料理を選んで注文する現在のレストラン形態がパリで誕生したのは、1782年(米独立戦争終結の前年)になってからである。
 そこで気なるニューヨーク最古のレストランといえば、ローワーマンハッタンで今なお営業する「デルモニコス」である。開業は1837年。今から181年前。モールスによる電信線が初めて敷かれた年で、日本は江戸時代の天保8年。大塩平八郎の乱が起きている。
 創業期からオーナーは代替わりしたものの、デルモニコスの屋号は健在だ。最古にして最長の歴史を誇るデルモニコスは、アメリカ料理の発展に多大な影響を与えてきた。

金融街の奥深く

 地下鉄のウォールストリート駅を降りて金融街を数ブロック行くと摩天楼の迷路の奥深くビーバーストリートとサウス・ウィリアム・ストリートが作る細い三角地帯に「デルモニコス」レストランが待ち構えている。同店の店舗は、180年の歴史の中でマンハッタンの各所を何度も転々としたが、1998年以来、この由緒あるロケーションにカムバック。営業を続けている。
 道路が斜めに交差する18世紀の街並みならではのフラットな建築は、あまりニューヨークらしくはなく、どちらかと言うとパリやヨーロッパを彷彿とさせる。おそらく史跡指定されていることだろう。入口がちょうど三角のコーナーに面しているのが特徴だ。壮麗な観音開き扉の左右を飾る大理石の柱はイタリア・ポンペイのそれを模したものらしい。
 多少気後れしつつガラスドアを2枚押し開け、店内に入れば、仄暗い店内は昔ながらの気品に満ちて、気分はたちまちにして180年前のニューヨークに。蒸気船と鯨油ランプ、シルクハットとロングドレス、ドイツロマン派音楽全盛、ダンスといえばワルツが主流のあの時代だ。1825年のエリー運河開通で、世界の一流貿易港の仲間入りをしたニューヨークは、年々人口が倍増。異様な活気にあふれていたに違いない。

1837年竣工のデルモニコス自社ビル。エントランスを飾る4本の大理石柱は実際にポンペイから輸入した

1837年竣工のデルモニコス自社ビル。エントランスを飾る4本の大理石柱は実際にポンペイから輸入した

創業者はスイス出身

 レストラン「デルモニコス」のオープンは1837年だが、事業体としてのデルモニコスは、1824年(文政7年)から始まっていた。創業者は、ジョバンニ・デルモニコ。スイス南部イタリア国境に近いマイエレンゴ村の出身だ。山国の生まれなるも、遠洋航路の船長として成功したジョバンニは、引退して丘に上がるとニューヨークを人生第2の舞台に選んだ。最初は港のそばに小さなワイン輸入店を経営。ヨーロッパから取り寄せたワインを瓶に詰め替えてアメリカで売るビジネスを細々と展開していた。
 26年にその店をたたむとスイスに一時帰国したジョバンニは、実弟ピエトロがベルンの町で菓子屋を開いて人気を博しているのを見て刺激を受ける。ピエトロはシェフではなかったが料理の心得はあった。そこで兄弟2人は協議。「どうせ飲食ビジネスをやるなら新天地アメリカ、それもニューヨークで大きくやろうじゃないか!」と手を取り合った(…かどうかは想像の域だが)。
 デルモニコ兄弟はなけなしの貯金2万ドルを握りしめ、ニューヨークを目指す。
(つづく)

外光を最小限に抑え、ウッドパネルの壁などで暖かくもクラッシーな空間。新生国家アメリカのリーダーたちのエネルギーが今も漂う

外光を最小限に抑え、ウッドパネルの壁などで暖かくもクラッシーな空間。新生国家アメリカのリーダーたちのエネルギーが今も漂う

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Delmonico’s Restaurant
創業1837年、リンカーン大統領や文豪マーク・トウェイン、チャールズ・ディケンズも愛した名店。デルモニコステーキをはじめ、エッグベネディクト、ベイクドアラスカなど数々の有名料理を生み出した。メニューに「アラカルト」やワインリストを初めて導入したのも同店だ。支店を持たないため、ニューヨークでしかここの料理は食べられない。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。