Vol.56 俳優 樹木 希林さん

演技するために生きているのではなく人間をやるために生きている

ジャパン・ソサエティー主催の日本映画祭、「JAPAN CUTS ~ジャパン・カッツ!」で今年度のカットアバブ賞を受賞。映画祭のセンターピースとして、画家の熊谷守一を描いた「モリのいる場所」(2018年、監督:沖田修一、共演:山崎努)が、アンコールとして是枝裕和監督の「歩いても歩いても」(08年)が上映された女優の樹木希林さん。ニューヨークの日系メディア5社が囲みで話を聞いた(7月26日)。

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―カットアバブ賞を受賞されてどう感じますか?

 75歳というのは日本では後期高齢者。本来ならそんな派手なところで何かをもらうのではなく、むしろ選考する立場ですから。へ〜と思いましたが、いただけるものはいただいておこうと。ちょっと欲があったんですね。

―山崎努さんとの初共演についてのご感想をお願いします。

 山崎さんの歩いてきた役者人生にまさか自分がこの歳で奥さんの役をやることになるとは想像もしていませんでした。山崎さんは正統派の役者として王道を歩いてきたから、私など、どちらかというと不動産を買ったらローンを返す、そのためにテレビをやったりCMをやったり、いい演技をしようとかいうのはとんとなくて。生涯出会うことはないと思っていたのが、ひょんな電話が来て、守一をやると、どなたがやるんですか? と聞いたら山崎さんがやると。それはまあぴったりだなあと。私が奥さんの役? やります、とその電話で決めました。

―「モリのいる場所」での役作りはどのようにされたのですか?

 たった1日を描く映画の中でどう日常生活を生きるか。それを積み重ねていくしかないな、と思いました。他の映画は、人を殺したり好きになったりと何か大きな事件があったりするから、日常というのが少々ぼやけていても成立するんですけど、この映画は日常がなかったら成り立たないと思ったので。

―役作りについて山崎さんと事前に話をされたのですか?

 何も話しません。役者さんがそこにいるたたずまい、それが全てだと思いますから。私が心がけたのは、この奥さんはこの旦那さんを、1カ所とても尊敬できる部分があるのね。それはやっぱり絵を描く力だと思うのね。この人が揺るぎなく信用しているところは、旦那さんが作り出そうとするものに対する尊敬。あとは何にも言わないと。大変なところは全部自分が引き受けるという覚悟でいようというのが、役をやり始めたときに自分で決めたことなの。男の人は女の人よりずっと弱いと私は思っているから夫がへこたれるようなことは絶対に言わないように、というのだけを心がけて。この中で生きたわけ。それはかしずいているというのではなくて。今の日本人にはなかなかそういう人は自分も含めていなくなっちゃった。やっぱり相手の欠点が見える。だからそれだけは忘れないようにしました。生活能力もない、子どもを医者に見せるお金もない、でもそれも含めて、自分が選んだということ。

―いろんな役を演じていらっしゃいますが、樹木希林ならではの演技やたたずまいがあります。役者として出発点から意識しているものはありますか?

 演技するために生きているのではなく、人間をやるために生きていて、それの1つの生業(なりわい)として演技という職業にいったんです。だからまずは人間を自分がどう生きるか、ということが主だと思っています。だからそこからものを見ていく。演技を見つけていくのではなく、人間としてどう生きるかというのがそのつどのものだから、そういう風に思って作っています。

―出演作品を選ぶ基準は何ですか?

 憎たらしいことを言うと、主役が、あぁ…と思うとやらない。主役がいいなと思ったら、やる。即決なんです。絶対にやらないものもありますけどね。
 60年もやってるとね、様子が分かります。まあ、今マネージャーもいないし、事務所もないし。みんなが「ギャラの交渉が大変でしょう?」って言うのね。ギャラの交渉くらい簡単なものはないのに。この人が出てこの監督でこの製作会社だったら、これくらいだろうなと。その中で頑張って出してくれたな、と思えば、「けっこうです(お受けします)」て言うし。なんで? 他の人でやってくださいって言う場合もあるし。ということはね、良いも悪いも自分のことを俯瞰で見ている。この世の中でどのくらいの位置にいるかなっていうのを見誤らないように、しているんですかね。 
 だからちょっと過大評価されて多めのギャラを提示されると、「いや、そこまで出さなくていい」って言うときもあります。
 そんな感じで仕事しています。楽でいいですよ。

―女優をやっていて幸せに感じる瞬間は? そのためにどんな努力をしていますか?

 身過ぎ世過ぎで演じてきたから、結果がどう出てもあんまり感動がないんですよね。ああ、これをやったとか(賞を)仕留めたとか一切ないんですよ。将来の展望も何もない。ただ生きていれば、次に仕事が来たらやれるかなという感じ。役者に対しての期待がない。こういう役をやりたいと思わないし思えない。(今後は)妖怪の役ならやれるかな?(笑)

―いろんな監督と仕事をされてきましたが、師と仰ぐ監督はどなたですか?

 監督の技術とかそういうのは全然私には分からないけど、人間を作っていく、人間を見ている、そういう監督が私にとっての師。そういう意味ではこの沖田さんという人はまだいろいろと試行錯誤なところはありますが、人を描こうとする。物語を描く前にそこに生きている人間を描こうとする。これがこの人の武器だと思います。

―ニューヨーク在住の日本人へのメッセージをお願いします。

 このアスファルトジャングルで、日本から来て生きようとする人の強さは、私には想像できない。すごいなと思いました。私だったら自分を見失っちゃうだろうなと。私、ちょっと調べたのですが、日本ほど祈りの場所が多い国は珍しい。宗教とか関係なく、手を合わせて祈る場所がいっぱいある国にいるからやっとこう生きているなあと実感します。それから見るとニューヨークで生きるっていうのはタフだなあ。
 今、日本の良さが世界に通じていかないけど、ダライ・ラマが「これから世界の中で日本が果たさなければならない役割というものがあるだろう」とおっしゃっていたけど、それはやはり精神的な意味での牽引がなされるべきじゃないかなと思っている。 ニューヨークで生活している皆さんも日本が本来持っている値打ちを忘れないでいてほしいです。

いつもスタイリッシュな樹木希林さん。この日は着物をアレンジした洋服で登場。どんなスタイルが好みかとの問いに「普段はなんでもない布をふわっとまとっているだけでいいの。軽い感じでね。飛行機内への持ち込み荷物も最少。面倒なことは一切しない」と微笑んだ

いつもスタイリッシュな樹木希林さん。この日は着物をアレンジした洋服で登場。どんなスタイルが好みかとの問いに「普段はなんでもない布をふわっとまとっているだけでいいの。軽い感じでね。飛行機内への持ち込み荷物も最少。面倒なことは一切しない」と微笑んだ