米国初の本格的レストランをゼロから立ち上げたデルモニコス兄弟の片割れで初代社長のジョン・デルモニコが鹿狩りの最中に突然死したのは1842年のこと。経営の総指揮をすぐさま引き継いだ甥のロレンゾは、持ち前のビジネスセンスをフルスロットルで発揮した。
次々と支店をオープン
とはいえ全てが最初から順風満帆だったわけではない。まず、ビジネスを継いで3年目の1845年に2度目の大火に襲われた。今度は、35年の大火時の救世主だったブロードストリートの「宿屋」を焼失する。しかし翌46年には早くもブロードウェー25番地に簡易宿屋を開業。ここでロレンゾは宿泊料金と食事代を「込み」で請求するそれまでのシステムを廃止し、宿泊客は食べたい料理を選べ、宿泊料金と食事代を分けて払う、ヨーロッパ式のシステムを導入。全米初の試みなるも人気を博した。レストランとホテル(宿屋)を「お客様の意思や選択権を尊重する」という同じ方針で平行経営する姿勢。これはロレンゾが築いたアメリカン・ホスピタリティ・ビジネスの基本である。
56年には増え続ける常連客の対応に迫られ市役所の向かい(ブロードウェーとチェンバースストリートの角)にデルモニコス2号店をオープンする。ランチタイムは打ち合わせも兼ねて利用する近隣の政治家、ビジネスマン、弁護士などを取り込み、ディナーはニューヨーク随一のサービスを謳い文句に、「紳士の社交場」として名声を欲しいままにした。
さらに1860年代に入るとロレンゾはマンハッタンの開発が北に向かって急速に進むのに目をつける。ユニオンスクエア界隈に3号店を出したのだ。3号店は開店直後から本店や2号店をはるかに上回る「贅の限りを尽くした」店と評され、市内はもとより世界中からセレブが集まった。店内にはラウンジ風のカフェもあり、文士、政治家、上流階級のたまり場となる。
驚くことに、ロレンゾはこんな「肝入り店」の支配人に自分が収まるのではなく弱冠22歳の甥っ子チャールズに任命。そしてアメリカのレストランで初めて女性の入場と飲食を認めた。今でこそ世界一の男女平等を自負するアメリカだが、わずか150余年前までは正式な会食の場に女性が参加するのは「ご法度」だった。その古い常識を破り捨てたのもロレンゾだったのだ。意外にも世間の風当たりは柔らかく、女性歓迎はかえって新しい流行としてもてはやされた。
ロレンゾは、さぞかしギラギラした「ビジネスの鬼」かと思いきや、思慮深く、冷静かつ細やかな神経の持ち主でもあったようだ。毎朝未明に起床すると自ら市場に出向きその日に必要な食材だけを厳選して購入。店に搬入すると、葉巻に火を点け手際よく帳簿や伝票をチェック。それが終わるといったん自宅に引き上げ、ディナーまで仮眠を取る。日が暮れるころに出店して、従業員に的確な指示を出す傍ら、深夜近くまで心づくしの接客に励む。この日課を機械仕掛けのように正確に繰り返していたという。
稀代の料理人参上
ロレンゾとデルモニコスの成功は優秀な人材にも支えられていた。ユニオンスクエア店の開店に当たって引き抜いたのが、フランス人料理長のチャールズ・ランホーファー(1836〜99年)である。12歳からパリで料理の修業を積んだランホーファーは、16歳でアルザス伯爵の料理人に抜擢。56年、わずか20歳で海を越えニューヨークにやって来た。在ニューヨークロシア領事館やワシントンDCで腕を振るった後、60年にいったんフランスに帰国するが、その際、ナポレオン3世の晩餐会を1人で仕切ってパリ中をあっと言わせる。フランスでの名声を引っさげてニューヨークに凱旋したランホーファーが、当時流行りのフレンチ「メゾン・ドレエ」で小手調べしていたところに目をつけたのがロレンゾだった。
ランホーファーを得たことでデルモニコスは、飛躍的な発展を遂げ、ランホーファー自身も世界の料理史に名を残すことになる。次回は、ロレンゾがプロデュースし、ランホーファー料理長が生み出した名品の数々を紹介しよう。 (つづく)
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Delmonico’s Restaurant
創業1837年、リンカーン大統領や文豪マーク・トウェイン、チャールズ・ディケンズも愛した名店。デルモニコステーキをはじめ、エッグベネディクト、ベイクドアラスカなど数々の有名料理を生み出した。メニューに「アラカルト」やワインリストを初めて導入したのも同店だ。支店を持たないため、ニューヨークでしかここの料理は食べられない。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。