連載120 山田順の「週刊:未来地図」トランプが破壊する世界秩序(1)ついに開戦した米中貿易戦争。その本質とは?(下)

第2次世界大戦を誘発した貿易戦争

 「貿易戦争ではなく覇権戦争」ということで、この戦争が長期戦になることがほぼ確定した。貿易赤字が改善されたぐらいでアメリカは引くはずがなく、中国もまた安易な譲歩はしないはずだからだ。中国が対抗処置を表明した後、ライトハイザーUSTR代表は「中国との交渉には1年はかかる」と公言し、持久戦を覚悟するように部下に指令を出している。
 またトランプも、なにごとにも理解が足りていないのに、この貿易戦争がじつは「米中新冷戦」だということだけは理解しているようだ。トランプのことだから、制裁関税発動が単なる中間選挙対策ということも考えられるが、そうであれば、あと4カ月間ほどでなんらかの結果を出さなければならない。しかし、どう見てもそれは無理だろう。
 では、この戦争の行方はどうなるのだろうか?
 歴史を振り返ると、アメリカは、過去に何度も世界を相手に貿易戦争を仕掛けてきた。
 古くは1930年代、大恐慌から脱出するために「スムート・ホーリー法」(Smoot-Hawley Tariff Act)をつくり、輸入品2万点の関税を平均60%にまで引き上げた。このため、アメリカの製造業は一時的に回復したが、欧州が報復関税を発動すると業績は一気に悪化した。アメリカの輸出は3年間で半減し、大恐慌の後遺症は長引くことになった。
 その結果、世界はブロック経済に突入し、それが第2次世界大戦の遠因になった。
 第2次大戦後、西側諸国は、戦争の教訓からアメリカを中心に自由貿易を促進した。アメリカは空前の好景気を謳歌し、世界にその恩恵をバラまいた。
 しかし、1971年8月、ベトナム戦争によって財政赤字と貿易赤字が膨らんだことでドルが信用不安に陥ると、ニクソン大統領は突如として、ドルと金との交換停止、および10%の輸入課徴金を含む8項目の経済政策を発表した。いわゆる「ドルショック」(ニクソンショックともいう)である。
 その結果、ドルは大幅に切り下げられ、輸入課徴金はわずか4カ月で撤回された。

30年間にわたった「日米貿易戦争」の教訓

 私たち日本人にとって忘れられないのは、1960年代後半から1990年代半ばにかけての「日米貿易戦争」だろう。繊維製品に始まり、牛肉、オレンジ、鉄鋼製品、カラーテレビやVTRなどの電化製品、自動車、半導体、コンピューターと対象商品は次々に代わったが、いずれも、アメリカの要求に日本は大幅な譲歩を繰り返した。
 これは安全保障をアメリカに握られている以上、仕方ないことだったが、結果的に得をしたのは、遅れてやってきた中国だった。
 日米貿易戦争の結果、アメリカからは電化製品などの製造業が消え、日本も同じように製造業が衰退した。そうして、「世界の工場」は、日本から中国に移ってしまった。
 日米貿易戦争は、当時の世界第1位の経済大国と第2位の経済大国の争いだった。今回もまたそうであることを認識すべきだ。
 つまり、貿易戦争は、当事者にとっていい結果をもたらさないことのほうが多い。そもそも関税というのは、自国産業を保護するためのものだが、その結果、自国産業が隆盛・復活するとは限らない。かえって衰退してしまうことのほうが多い。
 アメリカは2002年のブッシュ(子)大統領のときも、鉄鋼産業を保護するために、鉄鋼製品に最大30%の輸入関税をかけた。しかし、ITバブルの崩壊などで景気自体が失速するなかで、鉄鋼価格は3~4割も上昇し、ピッツバーグは復活しなかった。
 このときは、約20万人の雇用が失われ、ブッシュ(子)政権は翌年、関税撤回を余儀なくされた。

世界覇権に挑戦する中国を叩き潰す

 しかし、前記したように、今回の貿易戦争は、単なる貿易戦争ではない。アメリカの世界覇権に挑戦する中国を、アメリカが叩き潰そうとしているのが、この戦争の本質だ。
 したがって、過去の貿易戦争の教訓は、それほど参考にならないだろう。
 注目すべきは、この戦争の焦点が、次世代のハイテク産業、テクノロジーにおける主導権争いにあることだ。それは、いみじくもアメリカ側が「中国による知的所有権の侵害は許されない」と繰り返し言ってきたことで明らかだ。
 アメリカは、中国がアメリカの次世代テクノロジー、具体的には、IT、IoT、AI、ロボット、自動運転車などの技術を盗み、それを使って世界覇権を握ろうとしていることが許せないのである。ただ、そのための手段として、関税を使って貿易戦争を仕掛けることが正しいことかどうかはわからない。
 トランプが、その乏しい“脳内資源”で、歴史をどう捉えているかはわからない。ただ単にアメリカの対中貿易赤字を減らす。そうすれば、自分の支持者がいるラストベルトの製造業は復活する、雇用は増える。中間選挙は勝てる。そういうシンプルヘッドしかなくとも、対中強硬路線に出たことは、アメリカが世界覇権国(=リーディング・カントリー)である以上、正しい選択だった。
 いずれにせよ、関税の規模、500億ドル、2000億ドルなどという数字は、今回の問題の本質ではない。数字だけを見て、「GDPに与える影響はさほどでもない」「製品価格が5%は上がるだろう」などと言う見方は、枝葉末節である。
 その点を踏まえて、多くのエコノミストたちの予測のなかから、私たちはより的確なものを選ぶ必要がある。現在、石油価格は高値安定し、NYダウは再び上昇し、円安ドル高は進んでいる。これが、短期トレンドなのか、長期トレンドなのかを見極める必要がある。   (了)

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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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