前回に続いて、ついに始まってしまった米中貿易戦争について述べていく。この戦争の本質は、トランプ大統領がどう考えているかは別として、アメリカが対中貿易赤字を改善させようとしていることではない。それは、あまりに単純な見方に過ぎない。
アメリカは、中国がアメリカが持つ世界覇権に挑戦してきたことに対して反撃を開始したのだ。つまり、これは、「米中覇権戦争」であり、戦争の主戦場は、次世代のハイテク技術だ。
それでは、米中両国は具体的になにを争っているのか? この戦争の行方と日本への影響はどうなるのか? 今回は、これに関して述べていく。
貿易戦争の本丸は中国ハイテク企業潰し
中国は、この5月、アメリカが仕掛けようとしている制裁関税を回避するために、高官協議の席上で、アメリカ産液化天然ガス(LNG)や大豆などを大量購入して貿易黒字を減らす妥協案を提示した。しかし、アメリカ側は即座にこれを拒否。そうして持ち出したのが、中国の国家戦略「中国製造2025」の撤回要求だった。
これで、今回の米中貿易戦争が、単なる貿易戦争ではないことがわかるだろう。そして、その本丸は、次世代ハイテク技術である。
「中国製造2025」(英語では“Made in China 2025”と呼ばれる)は、ドイツの「インダストリー4.0」を模倣した政策で、次世代の情報通信技術、IoT、ロボット、AI、電気自動車、バイオテクノロジーなどで優位に立つという国をあげての産業政策だ。
トランプ政権に入った「対中強硬派」(ドラゴン・スレイヤー: Dragon Slayer)が許せないのが、こうした分野で中国がアメリカの技術を盗んでいくことだ。これを許していては、いずれアメリカの世界覇権は崩壊してしまう。
アメリカの中国に対する姿勢がはっきりしたのが、貿易戦争突入以前の4月に決定された中国ZTE(中興通訊)への制裁である。
ZTEは 深圳に本拠を置く中国の通信機器大手で、スマホメーカーとしては世界第4位の企業。このZTEが2010年から2016年にかけて、アメリカの輸出規制に違反し、イランや北朝鮮にスマホなどの通信機器を輸出していたというのが、この制裁の理由だった。アメリカ商務省は、アメリカ企業のZTEとの取引を禁止し、ZTEに巨額の賠償金を求めたのである。
アメリカ企業との取引を禁じられると、ZTEはスマホを生産できなくなる。インテルやクアルコムの半導体チップが供給されなくなるからだ。
ZTE制裁解除に怒った上院議員たち
北京政府幹部は、この措置に青ざめた。習近平はメンツを一時的に捨て、トランプ大統領に直接電話を入れて、制裁解除を強く懇願した。
ZTEが制裁されるなら、次は世界第3位に成長した中国最大のスマホメーカーのファーウエイ(華為技術)にも制裁は及ぶだろう。そうなれば、「中国製造2025」など夢物語になってしまうと、北京は焦ったと考えられる。
この習近平のトランプへの直接電話は効果を発揮した。商務省もトランプ側近たちも止めたにもかかわらず、トランプは制裁解除をOKしてしまったのだ。こういうところが、トランプのとんでもないところで、世界最大の権力者であるというプライドをくすぐられると、すぐにそれを見せびらかしたくなるようだ。
商務省は、7月11日、ZTEに対して4億ドルを納めれば、アメリカ企業との取引の再開を認めると公表した。北京は喜んだが、収まらないのは上院議員たちだ。
翌12日になって、共和党のマルコ・ルビオ議員、トム・コットン議員、ロイ・ブラント議員、民主党のクリス・バン・ホレン議員、マーク・ワーナー議員、ビル・ネルソン議員が、上下両院の軍事委員会の指導部に対し商務省の方針に反対する意向を表明した。
この意向表明が、共和民主を超えたバイパーチザン(bipartisan: 超党派)であるところが、アメリカのいまの中国に対する姿勢を表している。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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