連載125 山田順の「週刊:未来地図」トランプが破壊する世界秩序(3)彼はどのようにして世界を破壊しているのか?(上)

 これまでに続き、トランプ大統領の最近の動向から、世界の未来を考える。それは、考えれば考えるほど最悪の未来ではないだろうか。
 6月のG7サミット、米朝首脳会談、そして、欧州歴訪、米ロ首脳会談で、彼が間違いなく「世界の破壊者」であることが確定した。問題は、彼がそれを自覚していないことだ。
 大統領就任以来、いったい、彼はなにをどのように破壊してきているのか? それを整理して述べていく。

アメリカを裏切ったプーチン擦り寄り発言

 かつて冷戦が終わったとき、ブッシュ・シニア大統領は連邦議会で「Toward a New World Order(新世界秩序に向けて)」という有名な演説を行った。ソ連という敵が消滅し、東西が融合するいま、世界はアメリカ指導で「ユニポーラー(unipolar:1極世界)」になると宣言したのである。
 こうしたことを踏まえて、1992年にフランシス・フクヤマ氏は「The End of History(歴史の終わり)」を発表し、アメリカ型の民主政治と自由主義が世界に拡大して人類の対立の歴史は終わると提唱した。
 しかし、それから四半世紀以上もたったのに、歴史は終わっていないばかりか、アメリカにとんでもない大統領が現れて世界は分断・破壊されつつある。どこからどう見ても、7月16日にフィンランドのヘルシンキで行われた米ロ首脳会談は、史上最低の米ロ首脳会談だった。 
 この会談に先立ち、ロッド・ローゼンスタイン米司法副長官は12人のロシア人の起訴を発表したが、トランプはこの起訴を間違いであるとしたのだ。
 「私はアメリカの情報当局者たちを大いに信頼している」としながらも、「だがプーチン大統領は今日、疑惑をきわめて強く否定した」と、プーチンの肩を持った。そうして、「捜査は両国にとって最悪の事態で、われわれを分断するものだったと考えている。共謀などなかったことはみんなが知っている」と、言い放ったのだ。
 この発言を聞いた米政府関係者、議員、そして一般国民は、耳を疑った。なんで自国の情報機関、つまり自分が上に立つ政府機関より、ロシアの“独裁者”を信用するのか? 「大統領は裏切り者ではないのか」という声が各方面から上がった。

プーチンからのボールを息子バロンに

 トランプが大統領候補に指名され、まさかの当選を果たしてから、共和党は分断されてしまった。それまでの共和党カラーがトランプカラーに塗り替えられ、この政党が本来持っていた独立した個人を尊重してその自由を擁護し、小さな政府をつくるという路線は消え失せた。
 共和党は、まさにトランプに乗っ取られてしまったと言っていい。そのため、多くの共和党議員が、トランプ支持者が強固なのを恐れ、トランプにあまり異を唱えないできた。
 しかし、今回は違った。ポール・ライアン下院議長は即座にトランプを非難し、重鎮ジョン・マケイン議員も“one of the most disgraceful performances by an American president in memory”「記憶にある限りでの、アメリカの大統領による最も恥ずべき振る舞いだった」と述べた。さらに、マケイン議員は、トランプをこう評した。
 「米ロ首脳会談が悲惨な過ちだったのは明らかだ。トランプ大統領はプーチンに立ち向かうことができないだけでなく、そうする意思もないことを証明してしまった」 
 トランプの「プーチン信頼発言」も驚きだが、私があの会見でもっとも驚いたのは、トランプが記者席にプーチンから受け取ったサッカーW杯のボールを投げ入れたことだ。
 プーチンは、おそらく計算尽くでボールを用意し、そのボールをトランプに渡すと、「ボールはいま、アメリカ側のコートに移った」と言った。このセリフは、トランプがしょっちゅう使う“ball in your court”と同じだ。相手への牽制発言である。
 ところがトランプは、ボールを受け取ると、うれしそうな顔をして、「ボールは息子バロンにあげるよ」と言うや、報道陣席にボールを投げ入れたのだ。これを見て、トランプはボールがなにを意味するのかまったくわかっていないと、私は思った。
 まず、ロシアからボールを受け取ること自体がおかしい。次に、そのボールはアメリカ大統領である自分自身がもらったものだ。それを、ジョークかもしれないが、自分の子供への土産物にしてしまう。これには、プーチンも絶句するほかなかったのではないだろうか。

びっくり仰天、人をバカにした言い訳

 米朝会談に対する批判があまりにも強いので、トランプはワシントンに帰るやいなや、ホワイトハウスに閣僚とメディアを集め、自身の発言を訂正した。ところが、素直に「間違っていた」と言えばいいのに、とんでもない言い訳を用意してきた。
 トランプは、問題発言を単なる「言い間違え」としたのだ。
 トランプの説明によると、発言の最後“I don’t see any reason why it would be”の“would be”は“wouldn’t be”の言い間違えだったというのだ。
 それでは、トランプは記者会見でなんと言ったのだろうか? 問題になったフレーズはこうである。
 “I have President Putin; he just said it’s not Russia. I will say this: I don’t see any reason why it would be.” 「プーチン大統領がたったいま、(選挙介入は)ロシアではないと言った。私からはっきり言おう。ロシアである理由が見当たらない」
 では、これをトランプが言ったように“I don’t see any reason why I wouldn’t be”にするとどうなるか? 「ロシアでない理由が見当たらない」というまったく逆の意味になる。これをトランプは“double negative”(二重否定)と言い放ったのだ。
 しかし、それを自分の言葉ではなく、ペーパーを読み上げて言ったのである。こんなバカな理由は、英文法を習い始めたばかりの日本の中学生だって信じないだろう。それにしても、こんなペーパー、いったい誰が書いて大統領に渡したのだろうか?
(つづく)

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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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