連載129 山田順の「週刊:未来地図」トランプが破壊する世界秩序(4)(中)アメリカ第一主義の正体とディープステート

仏マクロン首相に「EU離脱」を持ちかけ

 メイ首相はかつて、EU離脱交渉のために夜も安らかに眠れないと、ニューヨークタイムズ紙のインタビューで明かしている。そして、「神への信仰が自身の感性を正しい方向に導く助けになっている」と告白している。
 彼女の父親は英国国教会の教区牧師であり、彼女自身も英国国教会の敬虔なキリスト教徒である。
 こんな女性に、“説教”を垂れていいのだろうか?
 ともかくトランプは、欧州の有力国のリーダーたちをみな気に入らない。だから、EUそのものも気に入っていない。
 6月30日のワシントンポスト紙の報道によると、トランプは4月に訪米したマクロン仏首相に、「フランスはEUを離脱すべきだ」と言ったという。そうして、アメリカとの2国間貿易を提案したというのだから驚く。この大統領は、多国間の枠組み、国際社会というものを理解できていないとしか言いようがない。
 昨年7月、トランプはフランス革命の記念日式典に招かれた。その際、マクロン大統領の夫人ブリジットさんに初めて会い、いきなり“You’re in such good shape.”「あなたはすごくいい体をしているね」と言っている。その後、夫のマクロン大統領に向かい「彼女の体型は素晴らしいね」「とても美しい」と付け加えた。もちろん、これを知ったフランス国民は激怒し、メディアはセクハラ発言と批判した。
 このようにトランプは行く先々で、トラブルを起こす。今回の欧州歴訪も同じで、欧州各国を大混乱に陥れたのは間違いない。はたして、欧州各国はGDP2%を本当に実行するだろうか?
 英国訪問後、トランプが次に向かったのが、フィンランドのヘルシンキだった。このヘルシンキでの出来事は、前回、述べた通りだ。

アメリカ第一主義の正体は「もっとカネを」

 トランプは「アメリカ第一主義(America First)」を唱えてきた。そして、「アメリカを再び偉大にしよう(Make America Great Again)」と言い続けてきた。
 このトランプの政策(と呼べるかどうか)の正体は、もはや明らかだ。「もっとカネを」である。トランプは、カネになるなら、相手が同盟国であろうと、敵国であろうと関係ないのである。
 だから、中国であろうと同盟国のカナダやメキシコ、日本、そしてEU諸国であろうと、関税をふっかけて「貿易赤字を解消しろ」と脅す。NATOに要求したGDP2%も、日本に突きつけた「米軍に守ってほしいならもっとカネを払え」もまったく同じ理屈だ。
 これがアメリカでなく暴力団なら、間違いなく「みかじめ料(=用心棒代)」である。
 トランプは、金正恩との首脳会談で、北朝鮮の美しい海岸線を指して「ここをリゾート開発したら儲かるぞ」と勧めたと伝えられている。まさか、あの密室の首脳会談でもカネの話をしていたとは――。
 トランプはこうして世界中からカネを集め、自分の支持者たちに配ろうとしている。「ほら、オレはお前たちのためにこれだけ分捕ってきたぞ」と言いたいのだ。
 したがって彼は、安全保障、自由、人権、民主主義などにはまったく興味を示さない。カネが出ていくだけの環境問題など、彼にとってはバッドディールの典型である。
 この見方をすれば、トランプが国内、国外でなにをしようとしているのかがはっきりする。トランプは国内では雇用をつくり出してカネをバラ撒き、国外ではいかにアメリカが儲けられるかを追求しているのだ。
 しかし、それは目先のカネであり、経済・金融・政治・歴史の知識が著しく欠けているため、長期的なビジョンが立てられない。結局、このまま行くと、世界中からの反発を招き、アメリカそのものも貧しくなるだろう。

ディープステートと戦っている

 トランプが大統領になってから、アメリカでは「ディープステート」(Deep State)という言葉がさかんに使われるようになった。いまでは大手メディアも使っている。
 日本語にすると「影の政府」「闇の権力」「奥の院」などという表現がふさわしいと思うが、要するに本当にアメリカを動かしているのは、選挙で選ばれた国民の代表である大統領や議員たちではないというのだ。
 かつてアイゼンハワー大統領は「軍産複合体」(military- industrial complex)という言葉を使ったが、ディープステートはこれに近い。したがって、ディープステートには、CIA、FBIなどの諜報機関、軍と軍需産業、高級官僚などが含まれる。さらに陰謀論者に言わせると、ロックフェラーやロスチャイルド、イルミナティなどに繋がる一部の家系や金融機関、グローバル企業群が含まれる。
 そして、ここが大事なのだが、トランプ支持者は「われらがトランプ大統領はディープステートと戦っている」と信じているのだ。トランプのコア支持者というのは、誰がなんと言おうと、大統領の言い分を100%支持している。その根本が、この「ディープステート陰謀論」にあり、下手をすると大統領はディープステートに暗殺されてしまうと、本当に心配している。
 しかし、トランプは暗殺するに値する「危険な男」なのだろうか? むしろ、ここまで定見がないと、「利用しやすい男」なのではないだろうか?

トランプ支持者は結局、なにも知らない

 ラストベルトに大勢いるというトランプ支持者は、仕事がないと、朝っぱらからダイナーに行き、ステーキを頼んでクアーズを飲んでいる。かれらはけっしてスタバに行かず、カフェモカは飲まない。ましてワシントンポスト紙など絶対読まず、CNNもABCもNBCも見ない。だから、トランプが攻撃するフェイクニュースがなんなのかも知らないのだ。「あのノースコリアの若造を呼び出してミサイルを取り上げた。たいしたもんだぜ」と、本当に信じ込んでいる。
 トランプが、ホワイトハウスよりフロリダの別荘「マー・ア・ラゴ」にいることを好み、その滞在費が税金から支払われている疑惑があることなど知る由もないのだ。少なくともトランプは、歴代大統領のなかでいちばんカネを使って、国内、国外を飛び回っている。
 「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」に関して言うと、トランプは軍に関しては間違いなくこれを実行している。2019年度予算では国防費は13%増額される予定で、核戦力のリニューアル増強と海軍力の強化を目指している。さらに、トランプは「宇宙軍」の創設を国防総省に命じている。
 そういう意味では、トランプは力の信奉者だが、それをカネ儲けに使おうとしているのは見え見えである。よって、軍産複合体が本当にあるなら、彼らにトランプを暗殺する理由があるだろうか?
 ディープステートが本当にあるとしても、その内部は各種勢力が激しく争っていて、1つの大きな意思でアメリカが動いているわけではない。
(つづく)

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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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