「オレさま」だから恭順の意を示せばいい
トランプはかつて、NBCのリアリティ番組「アプレンティス」で、“You’re fired!”「お前はクビだ!」と言いまくっていた。だから、これを言える状況になることを、もっとも望んでいる。なんといっても、「オレさまはすごい」という自尊心を満足させることができるからだ。
おそらく、この心理を研究したのが北朝鮮である。金正恩は、トランプが会談中止を宣言したとたん、異例の早さでトランプに謝罪文を送った。これは、金正恩がトランプ会談中止宣言を「お前はクビだ!」と捉えたからだろう。
トランプは大国アメリカのリーダーであることを常に見せつけたい。そういう心理を持っているので、「お前はクビだ!」と言われたら、すぐに許しを乞う。「北朝鮮は小国ですから従います」というメッセージを送り、トランプの自尊心を満足させたのである。
つまり、ここがトランプの最大の弱点である。金正恩はそれを知って、力ではなく策謀で勝負する手に出て、即座に恭順の意を示したのである。もちろん、それは本意ではない、謀略だ。
しかし、シンプルヘッドのトランプはそれに気づかない。かくして、米朝首脳会談は口先約束だけの中身ゼロで終わってしまった。
安倍首相の場合、トランプの大統領当選が決まってから真っ先にお祝いに駆けつけ、恭順の意を示した。これは策としては理にかなっている。ただ、この大統領がいつまで権力を握っていられるかという、大きな問題は残る。
すでに日本は、対米貿易黒字の解消のため、F35戦闘機、新型輸送機オスプレイ、無人機グローバルホーク、イジースアショアといった高額のアメリカ製兵器の購入を決めている。とすると、次はNATOと同じく国防費をGDPの1%から2%にすることになるだろう。
「ディールの達人」トランプの交渉術は単純
トランプは“ディールの達人”といわれている。しかし、その交渉術は、あまりに単純だ。これまでの外交を見ていると、すべてこの単純な1つの方法しか使っていない。
トランプの交渉術は、アメリカのビジネススクールならどこでも教えている「BANTA」と呼ばれる交渉術である。
BANTAとは、「Best Alternative to a Negotiated Agreement」の略。日本では「不調時対策案」と訳している。要するに、交渉が不調に終わっても、最低限の妥協ができる代替案をあらかじめ決めてから交渉するとうもの。
この交渉術では、相手にまず、ふっかける。ふっかければふっかけるほどいい。そうすると、その条件、とくに数字なら、その数字が相手の頭の中にこびりつく。これは、一種の印象操作で、これを「アンカリング」(Anchoring)あるいは「アンカリング効果」と呼んでいる。そうすると、相手はそこから譲歩を引き出そうとしてくる。
このとき、「RV」(Reservation Value: 留保価値)と言って、「BANTA」を行使した際に得られる価値を決めておく。日本語にしれば「落とし所」だ。たとえば、1万円ふっかけてもRVが5000円なら、相手が妥協して5000円で決着すれば、それで交渉は成功ということになる。
バレバレの「最初にけなし後から絶賛」
トランプが米朝会談でふっかけたのが「CVID」(complete, verifiable, irreversible denuclearization:完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)とすれば、この合意なしに合意文書に署名したことで、「RV」が単なる「非核化の約束」だったことがわかる。
トランプの「CVID」要求が、ただのふっかけだと、金正恩は読み切り、「体制保証」をもらうためにシンガポールに出かけたのである。
もうここまでくると、トランプのやり方は世界中でバレバレになってきた。
トランプは会談前に、必ずツイッターで高いハードルを提示する。会談相手を、たいていの場合けなす。そうして会談に臨み、要求をまくしたてる。G7サミットもNATO会議も同じパターンだった。
しかし、その後、会談を終えると、「会談は大成功だった」と表明するのだ。各国のリーダーを批判しても、会った後には必ず「素晴らしい」「馬が合った」と相手を讃えるのだ。
こんな“わかりやすい男”はいない。もしアメリカに本当に“ディープステート”(影の政府)が存在するなら、トランプなら簡単に操れるだろう。とりあえず、トランプにやりたい放題やらせるだろう。
そうすれば、これまでの世界は破壊され、中国は成長を止められ、欧州も日本も、そしてロシアもまた彼に従うほかなくなり、世界はアメリカ強権政権の下で「ワンワールド」に向かうかもしれない。
(了)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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